【移民とビジネス】フォーエバー21の成功と転落...「アメリカンドリーム」の始まりと終わり

ロボティア編集部
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Photo by cup.com.hk

米ロサンゼルスのジャバー市場で25坪の小さな服屋からスタートした「フォーエバー21」は、世界で10指に入るファストファッションブランドとして成功を遂げた。その小さな服屋を立ち上げ、世界的な企業にまで育て上げたのは、1980年代にLAに移民した無一文の韓国人夫婦だった。フォーエバー21が成し遂げた「アメリカンドリーム」は、2019年9月末、米裁判所が破産保護申請を受理したことで正式に終止符を打った。夢から覚めなければならない時が訪れたのだ。

それでも、現代の移民の歴史という観点から見た時、フォーエバー21が残した軌跡、時に悪名が残した意味そのものまで失われた訳ではない。現代を生きる人々にとって重要な教訓がそこには満ち溢れている。

フォーエバー21を設立したチャン・ドウォン、チャン・ジンスク夫妻は、1980年代の初頭に韓国からLAに移住した韓国系移民だ。チャン・ドウォン氏は高校卒業後に明洞で一坪のコーヒーショップを、夫人のチャン・ジンスク氏も高校卒業後に地元の釜山で細々と働いていたという。

「1970~1980年代の韓国は開発独裁政権による軍政が敷かれており、今よりさらに貧富の差が大きかった。貧しかった家庭の親はすべての子どもを大学に入れることができず、成功の可能性がもっとも大きい子供だけ勉強をさせたという話はよくあった。統計的にも、韓国では1970年代後半が最も所得格差が大きかったと総括されている」(韓国紙記者)

韓国社会で生きていくための“パスポート”ともいうべき学歴やお金がなかったふたりは、渡米を決意して閉塞感に満ちた暮らしを整理。1981年に米国に移民する。一文無しで渡米したふたりは、コインランドリー、警備、ガソリンスタンド、レストラン、美容室のアシスタントなど、決して待遇が良いとは言えない仕事に就き、多い日には1日19時間も働き詰めの日々を送ったという。

何もない、明日どうなるかさえ分からない暮らし。そこで彼らを支えていたのは「底なしのポジティブさ」だった。真面目に働いていれば、いつか良くなる日が来る。そう信じて、ふたりは前向きに働き続けた。ポジティブな心は、生活の中にある何気ない情報を“宝の地図”に変えていく。ガソリンスタンドで働いていたふたりは、高級車に乗る車にとある質問を投げかけてまわった。

「お客さんに職業は何ですか?」

すると、そこで共通した答えが返ってきた。「衣類業」だった。ふたりはそのわずかな、そして、正しいかどうかも分からない情報を頼りに、自分たちの服屋を開業することを夢見てお金を貯めた。ビックデータという言葉がおそらく存在もしなかった時代、彼らが信じたのは生活の中で集めた「スモールデータ」だった。