【移民とビジネス】フォーエバー21の成功と転落...「アメリカンドリーム」の始まりと終わり

ロボティア編集部
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Photo by fashion district org

1984年、ふたりはLAのコリアンタウンに「ファッション21」という小さな店を開業した。フォーエバー21の前身だ。なお米国で25坪の店というのは、当時、笑われるくらい小さなものだったという。

底なしのポジティブさは、自分たちの裕福ではない暮らしそのものもアイデアやヒントに変えていく。チャン・ジンスク氏は、お金がなかったため、娘たちに古い服を何度も着せなければならず悩んでいた。洗濯費もバカにならないし、何より生活のために娘の服を一枚一枚丁寧に扱ってあげることができなかったからだ。

何回か着て捨てることができる安い服はないのだろうか――。

その悩みは、多品種、少量生産、かつ最新の流行を2週間以内に取り入れていくというフォーエバー21の「ファスト・ファッション」の在り方に繋がっていく。そして後には、「5ドルのシャツと15ドルのドレス」というブランドの重要なコンセプトにまで昇華していった。

2000年代に入り、フォーエバー21の快進撃は世界をまたいでいく。一時、 H&M、ユニクロなど世界的なブランドとの競争で市場シェア上位お記録したこともある。店舗は米国のみならず、ヨーロッパ、アジア、中南米など世界中に広がった。

事業拡大の過程でチャン夫妻の子供たちも経営に飛び込むことで、フォーエバー21は家族経営のシステムを取ることになる。チャン・ドウォン氏が総合的な経営を、チャン・ジンスク氏が販売を担当した。2009年には名門大学に通っていた長女・リンダ氏(現在の副会長)、次女・エステル氏が経営に参加。それぞれのマーケティングとディスプレイを担当することになった。

フォーエバー21が急成長したことで、2011年には済専門誌フォーブスが選ぶ「世界で最も影響力のある女性100人」のひとりに、チャン・ジンスク氏が選ばれた。2016年には、フォーブスが選定した「世界の富豪ベスト400」にチャン夫妻の名前が挙がった。当時、夫妻の資産は約50億ドルと評価され、 LA地域でも10位以内にランクインするほどだった。

2016年に世界の富豪としてチャン夫妻がメディアに紹介されたこともあり、フォーエバー21の経営は一見、順調だと思われていた。ただ当時から破滅の兆候は、いくつかのメディによって指摘されていた。業界内での悪評もまことしやかにささやかれ始めていた。

当時、その悪評の具体例のひとつに、下請け工場や納品業者に対する過度なダンピングや決済遅延があった。フォーエバー21との取引から手を引く業者が増えているという報道が出始めたのも2016年頃だ。当時、ブランドで一緒に働くスタッフの“自社評価”も最悪だった。米経済専門誌と年俸評価サイトが行ったとある調査では、フォーエバー21の評価は2.5(5点満点)で、米国内の企業の中でも“最悪の職場”と評価された。