【寄稿】永遠の不安:民主化抗議活動がタイを未知の領域に突入させる

ロボティア編集部
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Photo by Dan Freeman on Unsplash

映画「ハンガー・ゲーム」と同じ3本指の抵抗サインを掲げる大勢の大学生。独裁主義的支配の終焉と民主主義を求める声。政党や明確なリーダーが不在で人を集める手段がソーシャルメディアと暗号化されたメッセージアプリによる抗議活動。一見すると、2019年に香港で不運に終わった抗議活動と同じ状況や戦術の様に思われる。

しかし、今回のこの政治的な対立は香港から1700キロ以上南西に離れたタイ国内で起きているのだ。この数週間、その大半を学生や若い世代が占める数千人の抗議活動者たちがタイの政界を長年支配している軍部への不満と、これまで国民の敬愛を集めてきたタイ王室だったが、王室の有する権限(国王の持つ憲法上の権利、宮殿の財宝や軍事力を巡る権限など)について疑問を投げかけ、街頭で抗議デモを繰り広げるという異例の事態となっている。

人口約7000万人の中進国であるタイは、1932年の人民党による立憲革命(絶対君主制から立憲君主制に移行)から19回の成功裡に終わったクーデターと7回のクーデター未遂を経験しており、政治不安の話題には事欠かない国である。長期にわたり権力を掌握する軍事政権を断続する形で文民政権が誕生したことは何度かあったが、短期的で不安定な政権として終わることが多かった。

1932年に現代のタイ王国が設立されてからこれまで20回の憲法制定が成されてきたが、いずれも政治的な安定をもたらす勝利の方程式とは成りえなかった。極めて高い精度で決行されたいちばん最近の2014年4月のクーデターでは軍政の最高意思決定機関である国家平和秩序評議会(NCPO)が「黄色シャツ」派と呼ばれるバンコクを中心として活動する親体制派と「赤シャツ」派と呼ばれるタクシン・チナワット元首相の支持者を中心として活動するタクシン派の長年の対立を背景に、タクシン元首相の妹であるインラック・チナワット首相をクーデターで倒し権力を掌握した。

2013年~2014年の政治混乱は地理的(中央部VS.東北部)および社会経済的(富裕層VS.貧困層)な断層線に依存しており、軍司令官にとって制御可能な事態だと思われていた。彼らが導き出した解決法とは、公表はされてはいないが、インラックと赤シャツ派の活動が選挙において不利に展開するよう注力したものだった。

しかし、現在も続く民主化抗議活動は前回のタイの政治混乱の時とは全体的に様相が異なる。亡命をしたタクシン兄妹が不在となったタイでは、現在の草の根運動において古い政治境界線が根本的に不鮮明となっている。遅延し続けた選挙の後、表面的ながらも2019年7月、5年ぶりに民政に復帰を果たした。しかし事実上の支配を続けるタイの軍部にとって、草の根運動は厄介な事態となっている。

タイの波乱的な近代史の中には、弾性を持つ2つの権力の源泉が存在する。軍部がその一つであり、もう一つはタイで極めて神聖な存在とされる王室である。1782年から現在まで王座を継承してきたチャクリー王朝はタイの近代史における政治混乱とは無縁の立場でその権力を維持し、時には国内の政治混乱を治めるための最終手段として仲介役を買って出ることもあった。その王室が一般市民の抗議運動に巻き込まれている現状は、タイが未知の領域へと突入し始めていることを浮き彫りにしている。

「兵舎」に戻ることはもうないのか?

タイ国軍は2014年のクーデターをきっかけに、2013年~2014年の政治混乱を誘発した長年の分裂を、主に「黄色シャツ運動」を後押しし親体制派に有利になるように動いた。さらに、これまでのクーデター後の状況とは違い、軍部は事実として元々の居場所であった「兵舎」には戻らなかった。その代わり、軍部の政治的な影響力を残すためにタイ政府内に自らの居場所を組織化しようと努めた。2017年に施行された軍部起草の新憲法では、様々な政治的特権の一つとして軍にタイ上院への議員任命権を与えている。首相の任命は上下両院の議員による投票で決まるので圧倒的に親軍部派が有利となる。

2019年3月の総選挙を見据え、軍の影響下にある国民国家の力党=パランプラチャーラット党(PPP)を樹立、総選挙ではタクシン派のタイ貢献党に敗れ、第二党となったがタイ王国陸軍(RTA)の元司令官であるプラユット・チャンオチャを首班とする19党からなる連立工作に成功した。

2014年からその解散までNCPOの議長を務めたプラユット氏であったが、今では文民の首相へと移管しその立場を変えている。また、プラユット氏と同様にタイ王国陸軍の元司令官でありNCPOの最高幹部でもあった副首相のプラウィット・ウォンスワン氏もその権力を維持したまま新しい文民政権へ移管すると同時にPPPの党首に就いた。両氏ともにタイ王国陸軍の組織を数十年もの間支配し、シリキット王妃の警護隊を務める第二歩兵師団「東方の虎」 部隊の重鎮である。

現政権のナンバー2と称されるプラウィット副首相は、著名な学者でもあるソムキット・チャトゥシピタク氏を内閣から追い出すなど、ここ最近の内閣における人事刷新を提唱した。8月に発足した新内閣は、「タイランド4.0」(経済社会のデジタル化)や「タイ東部経済回廊(EEC)」(次世代自動車の投資促進と陸海空のインフラ開発)を大看板に掲げた。経済的イニシアチブと軍の従来の安全保障の優先事項を結び付けようとする、プラウィット副首相の思惑が明確に表れた組閣となった。

いずれもタイの将来的な成長にとって重要となる取り組みであることが想定されるが、タイ政府にはより短期的に経済機会を生み出さなければならない、とてつもないプレッシャーがかかっている。GDP(国内総生産)の約20%を観光収入に頼るタイではCOVID-19の世界的な流行による打撃を受け、第二四半期の国内総生産が前年比12.2%減を記録した。さらに、国の50%以上の資産が上位1%の富豪によって所有されており、世界で最も格差が大きい国の一つである。この実情が経済の悪化をより際立たせている。

恐らく、より重大であったのはタイ国内で普遍的な敬意を集めたラーマ9世・プミポン国王が崩御した2016年、約80年振りの王位継承の一切を軍部が執り仕切ったことだろう。口論の絶えない文民政治家が王位継承を失敗、もしくは党のために政治利用することを恐れた軍部は自分たちの手で対処しようとしたのだ。放蕩ぶりと暗愚さに悪評が絶えなかったプミポン国王の息子のワチラロンコン皇太子への王位継承であったが、NCPOの治世下で滞りなく遂行された。タイ王室を保全した結果として軍部の従来の正当性と政治権力への影響力を維持した。

前進か、後退か

軍部がその権力に上辺だけの民主的な目隠しを施すなど当面の目的を概ね達成したものの、8月の抗議活動は、支配組織だけでなく一般国民の間でも、親軍陣営と反親軍陣営が主導権争いを繰り広げるなど新たな政治的な断層線を浮き彫りにした。この新たな分裂で特に目立ったのは世代的な特徴であり、その中でも最も顕著な新未来党の41歳のタナトーン・ジュンルンアンキット党首を代表としたタイの若い世代が昨年の選挙で反対勢力を圧倒したことだった。

自動車部品大手企業の御曹司であるタナトーン氏による防衛費の削減や軍の影響力を温存した憲法改正などの美辞麗句的な提言が脅威とみなされたことが、タナトーン氏の政界からの追放や2020年2月のタイ憲法裁判所による新未来党の解党命令へと至った。

タイのニュー・ノーマルとなったタイの準民主主義の立役者であるプラユット氏とプラウィット氏の両氏も軍内部の競争に圧力を感じていた。観測筋によると、ラーマ10世と称されるワチラロンコン国王の台頭により、王家強硬派を主張し国王の寵愛を受けているとされるアピラット・コンソムポン現タイ王国陸軍司令官が主導する部隊が力を持ち始めており、ライバルに浮上してきたとされている。

今年9月に予想される軍の人事異動においてアピラット氏の陸軍司令官の任期が延長される見込みである。これは、政治に精通している国王が王政の権力構造上でその立場を確固たるものとしたことで、軍部内の権力が低下した「東方の虎」部隊の影響力を試すことになるだろう。プラユット氏とプラウィット氏はその経済的地位と共に名目上の民政をしっかりと掌握しているかもしれないが、安全に公職から退職できる可能性も含めた彼らの政治生命は国王がどの様にタイ国内の政治的有力者を扱うかにかかっているかもしれない。

思いも寄らない状況への支持

舞台裏で行われていた上層部の駆け引きは公の場における完全に異なる議論で補完された。ソーシャルメディアを活用し、反政府勢力はプミポン国王の治世では考えられなかった方法でタイの上層機関への批判を増幅させた。タイ語版ツイッターではここ数ヵ月で「なぜ国王が必要なのか」「Daeng(アピラット氏を指す)はタイ国民の足の前でひれ伏せ」など扇動的なハッシュタグが数多く生まれ、それらはタイの二大権力に直接狙いを定めたものだった。

直近の数週間で反政府派と民主主義支持者は行動をエスカレートさせ、バンコクの街中で自らの感情や批判を公然と表明するようになった。今のところ平和的な抗議活動には実質的にリーダーが存在せず、そのほとんどがタイ王国を統治している将軍たちよりも数世代若い大学生で構成されている。

彼らの要求には新たな選挙の実施、抗議活動に対する嫌がらせ行為の中止や王室の権限を抑制させるための憲法の改正が含まれており、王室への要求については国王が厳格な不敬罪法(王や王族の名誉や尊厳を害した者は最高15年の禁固刑)を行使する意欲があるか否かが注目される。

周知の事実として年間の大半を過ごすドイツに現在も留まっているワチラロンコン国王が抗議活動について未だ公の場で発言をしていない中で、アピラット氏は「反政府派や反王政派は国への憎しみを抱いている」と発言をするなど、軍部は明確に非難声明を出している。

プラユット氏は、「抗議活動が続けばタイは炎に包まれる危機に直面する」と警告した。地獄の責め苦の最中、政府は抗議活動グループへの対抗策として活動家の逮捕に踏み切り、更にFacebookに圧力をかけて100万人以上がメンバー登録をしており政治への不満を書きこむことができる「Royalist Marketplace」と名付けられたディスカッション・グループへのアクセスを制限した。

代わりに新しく、ほぼ同じ目的のFacebookグループが作成され、根絶が難しい草の根運動の本質が浮き彫りとなった。抗議活動を鎮めるために政府はある程度の憲法改正を検討する用意があることも示唆している。しかし、未だ具体的な概要が示されない政府側の変化への提案がバンコクの熱を下げる効果があるかどうかには疑問が残る。

確実に言えるのは、越えてはならない歴史的な一線は既に越えており、緩和の兆しがほとんどないということである。COVID-19で疲弊した経済及び弱体化が進む政治的現状の正当性の二重危機は、タイの将軍やその支持者にとって最悪の事態を創り出している。

加えて、軍部と王室が相互に関係を強化し合う基盤は、近代史における王国の道標として機能し原動力となっていたが、かつてないほど緊迫し始めている。自らを2014年以降の王国における秩序の中心として明確に位置付けたことによって、軍部は自らの正当性を弱体化せずにはサーキット・ブレーカーの役割を果たすことができない、深刻な政治的危機に直面している。絶対権力を望んだタイの将軍たちが受け入れなければならない重い代償だ。

【筆者】本田路晴(ほんだ・みちはる)
M&Aにおけるデューデリジェンス、ホワイトカラー犯罪の訴訟における証拠収集やアセットトレーシングなど調査・分析を手掛ける米調査会社Nardello & Co.の日本代表。読売新聞特派員として1997年8月から2002年7月までカンボジア・プノンペンとインドネシア・ジャカルタに駐在。その後もシンガポール、ベトナム等で暮らす。東南アジア滞在歴足掛け10年。最近は同地域に加え東アジアもウォッチ。昨年11月の香港出張では宿泊先の近くで起きた香港警察と学生のデモとの小競り合いに出くわし、催涙ガスの洗礼を浴びる。