2015年6月5日、韓国KAISTが開発した韓国国内初のヒューマノイドロボット・ヒューボ(HUBO)が、米国防総省傘下の国防高等研究計画(DARPA)が開催した災害ロボットコンテスト「DARPAロボティクス・チャレンジ(DRC)」で優勝した。
DARPAは、主に軍事用の新技術開発および研究を行うアメリカ国防省傘下機関だ。インターネットの原型となったARPANETや、全地球測位システムであるGPSを開発したことで知られている。また、iPhoneシリーズの「4S」から搭載が始まった発話解析・認識インターフェース「Siri」も、DARPAが開発したものである。
そのDARPA が主催したDRCは、日本の福島原発事故のような、複雑な災害救助状況で活用可能な災害救助ロボットを開発するために開催された。日本の原発事故では、人が立ち入ることができないほど放射線が漏れ、内部を確認することも容易ではなかった。
日本が独自に開発していたロボットは、このような過酷な状況下で使用程度の十分なテストを経ていないために使用することが難しかった。米アイロボット社から調達したパックボット(PackBot)を内部に投入することには成功したものの、バッテリーの限界と、強い放射線による妨害電波のために、施設内を詳しく調べることはできなかった。
DARPAは、このような災害状況で人間に代わって内部の状況を把握し、危機に対処するロボットを開発することを目的にDRCを催した。このイベントは、DARPAのプロジェクトマネージャーであるギル・プラット氏を中心に進められた。
DRCの決勝が行われた会場には、福島第一原発の災害跡地が再現された。予選を勝ち抜いたチームのロボットたちは、自動車の運転、障害物を回避しながらの歩行、梯子の上り下り、廃棄物の処理、ドアの開け閉め、ブロック塀の掘削および切断、放水、バルブ開閉など、合計9項目の性能を競った。
結果的にKAISTのHUBOが優勝し、2位は米国の人間機械研究所(IHMC)が、3位は米国カーネギーメロン大学のタルタン・レスキューチームが占めた。ソウル大チームの「トルマンSNU」は12位、韓国ロボットベンチャー・ロボティーズの「トルマン」は15位となった。日本からもAero(東大)、AIST-NEDO(産業技術総合研究所)、HRP-2TOKYO(東大)、NEDO-HYDRA(東大、千葉工大、阪大、神戸大)、NEDO-JSK5(東大)など5チームチームが参加したが、下位圏もしくは棄権となった。
DRCが世界のロボットの専門家たちが集う大会という点を考えれば、同大会で紹介された技術が現在のロボット技術の最先端だと考えうる。災害内容によって異なるだろうが、災害用ロボットは今回のDRCミッションのように予期せぬ様々な状況でも任務を遂行できるようにする必要がある。そのため、ほとんどのロボットはヒューマノイドの形が多かった。
これは、人間が設計して利用する建物の内部で調査や探査などの任務を遂行するためには、人間の形、すなわちヒューマノイド型が最もミッションを遂行するのに適していると考えられているからだ。参加した25チームのうち、21チームがヒューマノイド型のロボットを採用。残りのロボットは4足、もしくは多足型ロボットだが、各ミッションを遂行するために最適のデザインで構成されていた。
今大会で優勝したKAISTチームはヒューマノイド形態ながらも、2輪ホイールベースの移動ロボットに変形することができた。これが、「ヒューマノイドという決められた枠を破壊した、適切なアイデアだ」という評価を受けた。時間に追われた災害現場では、ひとつの形にこだわりするよりも、状況に応じて、与えられたミッションをより適切に行う必要があるからだ。
決勝戦は予選とは異なり、ロボットが倒れることに備えて設置された安全装置を使用することができなくなっていた。また、予選で許可されていた外部電源なしに、自家バッテリーを利用して任務を遂行することが課せられた。より実際の災害現場を念頭に置いたルール設定である。
本選では、多くのチームが安全装置と外部電源なしに大会のミッションを遂行した。特に3位に入賞したタルタン・レスキューチームのロボットは、ほぼすべてのミッションにおいてリトライアル(大会中に、チームの要請でミッションを改めて行うこと)しなかった。ロボットにトラブルが起きても任務に復帰することに成功し多くの喝采を受けた。
決勝戦が繰り広げられた米国カリフォルニア州は、連日干ばつが続くほど高温だったが、これがロボットのミッション遂行に大きな障害となった。各ロボットが動作することで熱を発するのも問題だったが、現地の気温が30度を越えロボットに過負荷がかかった
予選で優勝した日本のシャフト(SHAFT)が、これに備えて水冷式(水で冷やす方法)を選択する一方、KAISTチームは空冷式(空気で冷やす方式)を選択し過酷な環境に備えた。これらは専門家に高い評価を受け、大会結果にも大きな影響を及ぼした。過酷な環境にどのように備えるかが今大会の重要な技術的ポイントとなった。
DRCは、原発事故のような複雑な災害状況で活用可能な知能ロボットを開発するという趣旨を生かし、当時の状況を再現した。原発事故当時、最大の問題のひとつとなった「放射線による通信制限」もそのまま再現した。スタジアム内には、ロボットを遠隔操縦するためのコントロールセンターと、ロボットの間の通信を妨害するための、強力な無線妨害装置が設置された。
この通信制約は、リモートコントロールをするロボットチームにとって非常にやっかい。競技中、観客がなぜロボットが次々と止まるのか不思議に思うほどに大きな障害となった。その状況を克服するために、各チームは現地の情報を読み込んだセンサで受信したり、リモートコントロールだけでなく自動でミッションを遂行できるような設計をしなければならなかった。今回のDRCでは、この任務の遂行が重要な勝負の分かれ目になった。上位にランクインしたチームほど、この通信の制約をより多く克服した。
DRCに参加したロボットは、自動もしくは半自動で任務を遂行した。すべてのミッションを自動で実行できると高評価を受けるが、現在の技術では、ロボットが独立してすべてのミッションを完璧に実行するのは難しい。むしろ何が発生するかわからない災害状況では、ふたつを両方上手く行うことが重要である。
半自動でのミッション遂行は各チームに共通して見られた。通信の制約をどのように克服するかが重要なポイントであったため、手動で行う作業を最小限に抑える必要があった。自動的にロボットの現在位置と姿勢を認識したり、定められた物体の認識する技術、またモーション計画のリアルタイム計算及び適用などにより成果が異なった。
KAISTのオ・ジュンホ教授が明らかにしたところによれば、KAISTは他のチームとは異なり、不必要に360度のすべてのデータを受信するよりも、ミッション遂行に必要な最小限のデータを受信できるようにセンサの数と配置を最適化したという。また、可能なミッションに必要なモーションの生成は自動化するが、最終的な決定はオペレータが行うなどのミッション遂行に対して機能を最適化した。
DRCが行われた現地での反応はても熱かった。競技場を訪れた多くの観衆は、ロボットの挑戦ひとつひとつに拍手を送り、楽しい時間を過ごした。観客の反応は、おそらくロボットへの期待が反映されたものではなかったか。ロボットが人間のために苦労し、人間が達成できないない分野で働く姿に応援の拍手が送られた。DRC決勝だけでなくエキスポもまた盛況だった。一般観覧客のために、ロボット専門企業、研究所など合計70団体が出展した。
DARPAは、2004年、2005年に無人自動車の性能を競うグランドチャレンジを開催している。グランドチャレンジは、既存の無人自動車開発会社と研究所に多くの影響を与えた。一般の人たちにも無人自動車の存在が知られ、多くの企業の開発に拍車をかける契機になった。DRCもまた、災害用ロボット開発に拍車をかけるのだろうか。
日本では、福島原子力発電所の事故に加え、頻繁に起こる地震、火山噴火などの影響で災害救助ロボットの必要性が高まっている。予測困難かつさまざまな災害状況に対処できる、のハードウェアプラットフォームと状況認識能力、自動化プログラムを備えたロボットの開発が期待されている。
今回参加した4カ国25チームは、DRCの過程で多くの経験を得た。米国はロボット大国にもかかわらずヒューマノイド部分で出遅れてきたが、今回のDRCをきっかけにヒューマノイド分野の先頭に立ちつつある。日本はこれまでヒューマノイドの最強国の名をほしいままにしてきたが、DRCをきっかけに米国・韓国チームとの技術的な比較を重ねるなど、技術を再整備する用意をしている。
韓国は11年間の技術を蓄積したKAISTのHUBOが優勝したが、来年6月までにDRCの2位、3位のチームとともに、米国ホワイトハウス、日本のロボットイベント、10月の韓国ロボワールドなど全世界を巡回する予定だ。KAISTだけでなく、関連会社、研究所などは、政府からの開発費支援などが増えることが期待されている。
大会参加25チームのうち、合計4つのチームがプラットフォームとして採択した「トルマン」を開発したロボティーズ社は、ヒューマノイドプラットフォームを世界的に展開する機会を得た。また、独自のモジュール型アクチュエータであるダイナミックセルを、参加25チーム中8チームが使用したのも意義部会。ソウル大、KAIST、ロボティーズチームが今大会で得た貴重な経験は、今後の韓国のロボット系の重要な資産になるはずである。
日本政府はDRCのを受け継いで、各国で関連プロジェクトを協議している。韓国は「ミニDRC(仮称)」という名前で学術大会を継続する予定であり、日本は2020年ある東京オリンピックに合わせてロボットのオリンピックを準備している。