いまやAI(人工知能)の活用によってビジネスは多様化され、仕事の高効率化のアイデアも次々と出てきている。しかし、現状のAIシステムでは力不足だったり、実現は可能だがコストがかかりすぎたりと、ニーズに応えられない場合も多いのが現状だ。
多様化するニーズに応えられるよう、半導体大手企業をはじめクラウド会社やIT企業など数多くの企業が、AIチップの独自開発に拍車をかけている。
既存コンピュータの中核チップであるマイクロプロセッサでは、Intelがサーバからノートパソコンまで市場のほとんどを掌握した。その後、スマートフォン全盛の時代になると、ARMのプロセッサコアが台頭。マイクロプロセッサ市場はIntel系とARM系の二頭体制になった。
しかし、AIが情報システムの中核を担っていく市場においては、この勢力図がまったく意味をなさない。いまだ模索を続ける未開拓市場のため、いわば「開発したモノ勝ち」な状況だ。したがって、ベンチャー企業から大手企業にいたるまで、熾烈な市場争奪戦が繰り広げられている。各社開発するAIチップの特徴や仕様はまったく異なり、思い描く活用方法もさまざまだ。
そもそもAIチップとは、これまでにそれぞれ用いてきた中央処理装置(CPU)、グラフィック処理装置(GPU)、メモリ技術が一つのチップに統合されてつくられるもの。 既存技術でそれぞれのチップが「一度に一つずつ」データを処理したとすれば、複合することによってイメージ処理や音声認識など多様な非定型データを、迅速かつ同時に処理する技術が備わる。
ビッグデータや仮想通貨、ブロックチェーン、人工知能など最新技術のトレンドは、膨大なデータ量とそれを処理するための超高性能なコンピュータが必要不可欠だ。もはや一般的なCPUの集積率アップだけでは、動作速度の面でも、消費電力の面でもとても追い付かない状況に至っており、そこで登場したのが、CPUを補助するさまざまな演算処理チップである。ある目的専用の効率の良い処理系をサポートに入れることによって、CPUの負担を軽減し、消費電力を抑えながら高速化を図るというのが主流になりつつある。
韓国の特許庁の発表によると、AIチップに関する特許出願は2015年には77件に止まっていたものの、昨年には391件と急増。この二年間で5倍以上増加した。特に、「機械学習用チップ」に関する特許出願の増加が目立っているのという。
今年2月、アマゾン(Amazon)が自社の音声アシスタント「アレクサ」に特化したAIチップの開発を進めていると明らかになった。報道によると、アマゾンは「アマゾン エコー」などアレクサが搭載されたAI機器の品質と応答の時間を改善するために開発にいたったようだ。
「アマゾンエコー」は、クラウドと連動して稼働するため、回答までに多少時間を要する。しかし、アレクサに特化されたチップが積載されれば、クラウドを通さずとも機器内で解決するため、タイムラグの少ないやりとりが実現される見通しだ。近年、アマゾンは企業の買収合併を繰り返し、チップ開発のための人材集めに注力してきた。その例として、2015年にはイスラエルのチップ製造会社であるアンナプルナ・ラボ(Annapurna Labs)を、昨年には家庭用防犯カメラの製造会社ブリンク(Blink)を買収し、着々とAIチップ開発の準備を進めていた。現在、アマゾンには450人もの専門家がいるとの報道もある。
一方でアップルも自社のAIチップを開発している。神経網エンジンが適用された「A11 Bionic」という新しいAIチップは、すでにiPhone 8やiPhoneXにも搭載されており、その性能は他社のスマホ製品を圧倒する。このチップによって、高度な顔認識が実現された。カメラの改良に加えて、内側カメラに多数のセンサーを組み合わせ、顔の立体構造を把握可能となっている。
さらに、韓国屈指のエリート大学である韓国科学技術院(KAIST:Korea Advanced Institute of Science and Technology)のユ・フェジュン教授の研究チームがディープラーニングを効率的に処理するモバイル向けのAIチップを開発し、これをスマートフォンに適用することで人の感情を認識することに成功したと明らかにした。研究チームの説明によると、イメージを分類するニューラルネットワークと、音声認識が可能なニューラルネットワークを同じひとつのチップの中に入れた後、スマートフォンカメラを通じて幸せや悲しみ、驚きなど、人の表情を7つの状態で自動区分するシステムを具現化する仕組みだという。
モバイルでAI技術を実装するには高速演算を「低消費電力」で処理しなければならない。なぜなら、一度に多くの情報を処理することで発生する熱によって、バッテリーの爆発事故などが起こる可能性があるためだ。今回のチップは世界最高水準のモバイル用AIチップに比べ、エネルギー効率も40%高いことが分かっている。
今回の開発は省電力で高性能なAIチップを開発したということに意味が大きく、また、認識対象にしたがってエネルギー効率と精度を個別に設定することも可能だという。今後は物体認識や鑑定などに多様に応用されるものと期待されている。
ユ・フェジュン教授は「様々なネットワークをサポートする一方、最適のエネルギー効率を持つのが最も大きな特徴 」とし、スマートフォンに搭載するもよし、ロボットに装着してもよし、また、ショッピングセンターなど活用して、商品をみた顧客の感情を分析するなどさまざまなアイデアを提案している。このAIチップの商用化は、来年初めを予定している。
いまや世界的に拡大するAIチップ市場。しかし、チップの研究ばかりが進み、それらを活用するアイデアやシステムがなければ、早くも飽和状態となってしまう。求められるのはシステムとAIチップの共存。そしてニーズを汲み取った商品化への展望だ。AIチップが形を変えて、我々の生活にどのようにアプローチしてくるのか。今後の動向が注目される。
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