写真批評家・飯沢耕太郎氏に聞く「写真と写真家と人工知能」の未来

人工知能が写真の在り方を大きく変えようとする時代を、写真のスペシャリストはどう見るか。日本を代表する写真批評家・飯沢耕太郎氏は言う。

「画像を生成する人工知能の存在は、写真やそれに関わる人々に少なくない影響を与えると思います。人工知能は予測可能なことを予測通りにやってのける能力が人間よりも高い。写真の領域で言えば、求められるイメージを忠実に再現したり、すでに流通している作風を再生産するような写真の担い手は、いずれ人工知能に取って代わられていく気がします」

人工知能はある一定の条件やルールを与えられると、人間には到底追いつけないスピードで学習していく。「ひとつのことを飽きずに繰り返し、能力や知識を高めていくマニア」(前出、A氏)のような存在だ。ルールが厳密に設定された囲碁などの分野では、もはや人間の打ち手はAIに叶わなくなった。同様に、写真分野でもそれまで人間が撮影したデータを学ばせさえすれば、ルールに則って、似たようなパターンのイメージを大量に生み出せる。そのため、ファッションや広告など、クライアントの要望に沿ってトレンドをなぞる商業写真は、いずれ人工知能に代替されていく可能性があるというのが飯沢氏の考えだ。

「ただし、アート写真の領域にまで人工知能が踏み込むのは簡単ではないと思います。予測の外側から来る偶然性を捉えて、誰も見たことのない新しいイメージを生み出すのがアート写真です。僕は『裏切る力』と呼んでいますが、優れた写真家には、偶然性を呼び込む力、モノの見方を変えてくれる力、既存のシステムやルールを変えていく力がある。それは、予測の範囲を超えないAIなど機械には、持ちえない能力だと考えています」(飯沢氏)

一方で、人工知能研究の専門家A氏からは、次のような指摘があった。

「人工知能の発展はまさに始まったばかり。アート的な画像を生み出せるか否かは、正直、今後の技術発展の経過を見守るしかないというのが感想です。個人的には『新しそうな写真』とか、見たことがない画像をAIで大量に生み出すとことはできると考えています。そういうルールを作ればよいだけですからね。ただ何を持って社会的に新しいとするか、もしくはルールを変えうるアート作品とするかは、人間の価値観によって決めるしかない。結論的に、写真アートという領域には、すべてではないにしろ、人間が担っていく部分が残っていくのではないでしょうか」

余談だが、長らく日本や世界の写真カルチャーをウォッチし続けてきた飯沢氏は、「ヴォルフガング・ティルマンス以降、世界的にモノの見方を変えてくれる新しいタイプの写真家が現れていない」と、写真アートの現状を分析する。一方で、現段階のAIが量産する「不完全な写真」が、そんな「ポスト・ティルマンスの不在=ティルマンスの呪い」(飯沢氏)を払拭すべく、写真家たちに何か知らのインスピレーションをもたらすのではないかとも期待を寄せているという。

「先日、親戚の家に最新のaiboがありました。彼が顔部分につけたモニターで勝手に撮影した写真はお世辞にも上手いとは言い難い。しかし、いろいろなものが無作為に映り込んでいたりして非常におもしろいんですよ。今AIは、より完璧な写真を生み出すために研究が進められていると思いますが、逆に不完全なAIが生み出したイメージのほうが、人間のインスピレーションを刺激してくれる材料になるかもしれません。SX-70というポラロイドカメラで新たな表現を獲得したルーカス・サマラスや、無人カメラが写した写真を作品に取り込んだルイス・ボルツのように、AIなど新たなツールが生み出すイメージをアートに昇華する能力を持った写真家の登場に期待したいです。日本では今、偶然性と思考力を持った20~30代の若手の写真家が何人か登場していますし、彼らを支えるギャラリー文化やインディペンデント系の出版文化も育ち始めている。今後、テクノロジーの発展が、写真を、また写真家をどう変えていくか楽しみです」

河鐘基

記者:河鐘基


1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表。テクノロジーメディア「ロボティア」編集長・運営責任者。著書に『ドローンの衝撃』『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社)など。自社でアジア地域を中心とした海外テック動向の調査やメディア運営、コンテンツ制作全般を請け負うかたわら、『Forbes JAPAN』 『週刊SPA!』など各種メディアにテクノロジーから社会・政治問題まで幅広く寄稿している。