各国国内および越境ECの発展は、物流の拠点となる倉庫業務の変革をも強く求めはじめている。近年、その変革の担い手として注目を集めているのが「倉庫用ロボットシステム」だ。ロボットやAIを取り入れた倉庫業務の自動化・効率化を実現する上で、各企業が直面している悩みとは。今回、インド発の倉庫用ロボットシステムメーカー・グレイオレンジ(GreyOrange)で、アジア太平洋・日本CEOを務めるナリン・アドバニ氏に、業界の最先端事情を伺った。
なお、グレイオレンジの「バトラーシステム」は、バトラー(搬送ロボット)、リニア・ソーター(高速包装ロボット)、ピックパル(ピッキングロボット)など各種ロボットと、それらの稼働を最適化するAIソフトウェア「グレイマター」からなる倉庫業務に特化した自動化ソリューションだ。日本では、ニトリの物流子会社が同システムを採用したことでも話題となった。同社はシンガポールに本拠点を構え、日本やアジア、米国などへの進出に拍車をかけている。
※「」内コメント=アドバニ氏
※太字コメント=インタビュアー
-各企業が置かれているビジネス環境が複雑さを増すなか、バックエンド業務を自動化する倉庫用ロボットシステムへの期待が高まっています。現場からは、どのような意見があるのでしょうか。バトラーシステムに対する各社の反応からまず、率直にお伺いしたいです。
「良い反応と悪い反応がありますが、まず悪い反応からお話しいたしましょう。なかでも特徴的なのが『アルゴリズムへの不信感』です。弊社の倉庫用ロボットは、500台から数千台まで同時に稼働させることができます。そこでロボット同士、また人間とロボットの協働を支えるのがAIソフトウェア『グレイマター』です。もともと弊社はロボットというよりも、ソフトウェア開発に注力してきた企業でありますが、そのグレイマターはディープラーニングなど、最新のAI技術を使ったアルゴリズムで形成されています。アルゴリズムは、周囲の環境の変化やデータを学習することで賢くなっていきます。一方で、そのデータ処理が複雑なため、人間には判断過程が理解できない状況が生まれます。いわゆる、ブラックボックス化です。従来のロボットは、人間から与えられた固定インプットを固定アウトプットの形で出力することで作業を代替してきました。つまり、『リニア的』に稼働してきたのです。一方で、アルゴリズムは、周囲の事柄の変化に対応するので、人間が想定している結果通りになるとは限りません。従来のオートメーションを想定している皆様は、そこで疑問符が生まれると。私どもとしては、良いアルゴリズムを書きロボットに最適な動きをさせられていると信じていますが、自動化に対する認識の差が確かに存在していると感じています」
-「なぜだか理解はできないが精度が出るシステム」に対して、不安を感じて導入できないという企業の反応があるということですね。反対に良い反応というのは?
「端的に言うと、作業効率が跳ね上がったという評価をいただいています。日本のニトリ社にも導入いただいていますが、420%の効率化を達成できたと。ですので、良い反応は結果がしっかり出ているという点。悪い反応は、ブラックボックスがあるから気になさる方も多いということに要約することができると思います」
-リニアとアルゴリズムというキーワードは、旧来の自動化と新しい自動化を隔てるラインになるような気がします。そちらはまた詳しくお聞きするとして、まず今後、流通や小売(リテール)の現場においても、何かしらの自動化を進めることが企業の競争力の源泉だとアドバニ氏自身はお考えですか。
「さまざまな統計がありますが、世界的にみるとオフラインのリテールはマイナス成長、オンラインのリテールは大幅な成長勢にあります。日本のオンラインリテールの成長率は6%ほどだと聞いていますし、中国は10数%、韓国は9%ですねかね。ただコンバージョン率では中国が13~15%、韓国が16%ぐらい。つまり、オンラインのリテールの重要性が増しています。eBayも日本にカムバックすると聞いています。一方で、そのような世の中になったとき『物流や流通はついていけるのか』というのが弊社の問いであると同時に、ビジネスチャンスであると実感しています」
-その「ついていけるの?」の部分をもう少し詳しくお聞かせください。
「例え話をしましょう。みなさんも、オンラインでショッピングされると思いますが、ネットで気に入った靴を見つたと考えてください。サイズが気になるので、自分のサイズ+0.5、-0.5のサイズをそれぞれ注文しました。色もブルー・黒・茶色と三色。そうなると、リテールの専門用語ではSKU(ストック・キーピング・ユニット=受発注・在庫管理を行うときの、最小の管理単位)が9つ生じることになります。倉庫から、9つのSKUが出荷されます。ユーザーはその9つのSKUのうち、気に入った1足をキープして残りを返却します。すると、ひとつの商談が成立するまでに9つ届き、8つ戻るので、合計でSKUが17回動くことになります。しかし、この商品の配送や管理はタダじゃありません。企業が従来通りのやり方でコストを負担し続ける限り競争力を確保できませんし、ビジネスをスケーリングすることも不可能です」
-そこで、AIやロボットを使ったバックエンドの自動化が必須だと
「はい。それに作業の間にデータをしっかり取って利活用する必要もある。ほんの一例を挙げるのならば、データさえ取れれば、多くのSKUを発生させる顧客との付き合い方も変えることが出来ます。茶色と黒色はないことにしたり、あまり商品数を見せないとか(笑)そこまでやるかは別として、データには何らかの価値が絶対にありますので、リテールのバックエンドを自動化することのメリットは途方もなく大きいのです」
-オフラインのビジネスは家賃や人件費、在庫などを抱えるので、オンラインの方が楽で儲かるみたいなイメージがありますが…。世の中の動きを考えると、その認識はミスリードなのかもしれないですね。
「海外の事例ですが、例えば、中国の『独身の日』には大量の注文が発生します。中国の大手物流サービス企業・菜鳥(CaiNiao)の巨大倉庫からは、普段1日5000万SKUが出荷されますが、独身の日にはその数が6億5000万SKUになる。約13倍です。そして、3割にあたる約2億SKUが倉庫に戻ってきます。それら走行では、返品されたものを検品したり、棚に並べたり、きれいにして包装しなければならない作業が発生する場合もあるでしょう。オンラインリテールは、競争率がすごく高い上に、そのようにバックエンドのコストが想像以上にかかります。しかし、コストを削減する手法はあまり確立されていません」
-御社のロードマップとも関連してくると思うのですが、アドバニ氏ご自身は「未来の倉庫業の在り方」をどのように見通されていますか?
「我々としては『人が苦労する倉庫』ではなく、『人が楽しく働ける倉庫』を生み出していきたいと考えています。バトラーで説明するならば、ロボットがモノを仕分けして運んでくれるので、人間のスタッフは特定のエリアにいながら作業を行うことができます。そのエリアにだけ冷暖房をかけることだけひとつとっても、働いている人の苦労を減らすことができます。他にも『倉庫業務は嫌だな』ではなくて、『悪くないじゃん』という環境を用意できるようにしていきたい。そして、人間のスタッフにはロボットにはできない価値がある作業に集中してもらいたいと考えています」
-自動化というと、ロボットが人間を代替するイメージですが、グレイオレンジでは「人間とロボットが協業する倉庫」を目指しているようにも聞こえます。
「そうですね。わたしどもが目指すインテリジェント・ウェアハウス(知能化された倉庫)は、ファクトリーオートメーションとはコンセプトがまったく異なります。ファクトリーオートメーションは、素晴らしい品質の製品を機械で量産すること、すなわち同じことの繰り返しを機械に正確に行うせることが目標です。先ほどの話じゃないですが、リニアな自動化ですよね。しかし、倉庫はリニアでは対応できません。SKUの数が数個で済むのならリニアでもいいのですが、ECはそういう訳にはいきませんので。例えば、弊社のシステムではピックパルというピッキングロボットがSKUを認識して、自分でピッキングできると判断すれば商品を取ります。しかし、SKUが重かったり割れやすかったり、また向きが悪かったりなど、取れないと判断すれば人間に作業をまかせます。人間が得意なことはぜひ人間にやってもらいたい、人間がやらなくても済むことは機械がやると。そういう、人間と機械の協業の効率性を最大限に高めたインテリジェント・ウェアハウスを実現するのが我々の目標です」
-アドバニ氏は日本にも生活のベースがあり、業界の実情にもお詳しいとお聞きしています。日本のリテールや流通業に関しては、どのように分析されていますか?
「まず日本のすごいところは、約1億3千万人の人口という市場スケールがある点です。関東だけでも2~3千万の人口があり、端から端まで2時間あれば行けるくらいに交通インフラが整備されています。大げさな表現をするならば、オンラインでアイスクリームを注文して、溶ける前に届く世の中なんです。eBayが日本をほっておかない理由も、それら人口のスケールやインフラ状況にあるのでしょう。一方で、バックエンドである倉庫などに人手が集まらないという大きな問題もあります。人件費の問題でもなくて、そもそも倉庫で働きたいと考えている人の数が少ない。大変で面倒だというイメージがありますし、シーズナリティもある。オーストラリアなどのように、高い報酬を払うから夜働いてくださいと言っても、人が集まらないという状況があります。弊社では、その倉庫業務のイメージの変革に寄与できると考えています」
-気になるのは、バトラーシステムなどグレイオレンジ社の倉庫用ロボットシステムを導入するとして、どのくらいの規模の倉庫から費用対効果がしっかりと発生するのでしょうか。従来の産業用ロボットなど自動化設備は、大規模な企業しかコスト的に導入できないという欠点があったかと思いますが、いかがでしょう。
「計算上、現時点で30人いないと業務に滞りがある規模の倉庫であれば、弊社のシステムを使うメリットがあると思います。正確には、30人以上ですね。多ければ多いほど、システムの価値が高まります。本来、30人いないと作業がまわらない倉庫で弊社のシステムを導入いただければ、人間のスタッフは10人で済むと想定しています。経営の立場に立った時には、30人より10人の方が集めやすいですよね。その20人分の人件費で弊社システム導入したとすれば、数年後にはペイできるでしょう。正直、それ以下の人数の倉庫であればペイするまでの期間が長くなってしまいます。ですので、20人分相当より多い仕事を機械で埋めた際には、コスト的な採算メリットも実感いただけるかと」
-日本の読者にメッセージをお願いします。
「日本は効率化や最適化が世界トップクラスの国で、私自身もその築き上げられた伝統や歴史をリスペクトしています。ただ、それ故に既存のやり方ではこれ以上の最適化は難しいとも感じています。数年前から、アマゾンなどEC企業と配送企業の軋轢が表面化している問題などがその象徴かもしれません。今後はAIやロボットを、それもリニアではなくアルゴリズムの世界を積極的に取り入れて、次のステップに進んで欲しいと考えています。世界的な視野で見れば、リニアで止まっている限り逆に取り残されてしまう可能性も否定できません。グレイオレンジは、新しい時代に適した倉庫業務の変革や、アルゴリズムの世界への進出を支援させていただきたいと思います」
-リニアからアルゴリズムへ。AIやロボットの活躍が増える中、倉庫業だけでなく、社会全般でも求められる価値観の転換期だという印象も受けました。本日は、興味深いお話をお聞かせいただきありがとうございました。
(取材/文 河鐘基・河原良治)