人工知能が生み出すのは「美の基準」か「美の多様性」か

ロボティア編集部2019年10月11日(金曜日)

世界初のAI美人コンテストは、採用された人工知能の選考基準に人種差別的偏見があるとして世界各地で物議を醸した。近年、もっとも注目される技術のひとつである人工知能は、人間が持つ美という価値観を判断することはできるのだろうか。

人工知能(AI)が審査する世界初の美人コンテストを開催する――。ロシア発のベンチャー企業・ユースラボラトリーズ(YouthLaboratories)が、そんな構想を行動に移したのは2015年11月のことだった。ユースラボラトリーズ は、アレクセイ・シェフツォフらが設立したビックデータ解析企業だ。画像やビデオなどから人間の生活習慣や身体的健康を客観的に評価し、美容とヘルスケアのソリューションを開発している。同社の最終的な目標は、人工知能を使って肌の状態を改善する最良の方法を提案していくこと、さらに言えば「人類の老化問題を解決すること」にある。

ユースラボラトリーズが用意した美人コンテストには、3つの人工知能が使われた。年齢別にユーザーの顔のしわを分析する「RYNKL」。応募者の顔と有名俳優・女優・モデルの顔の輪郭を比較する「MADIS」。最後に、顔の左右対称性を比較する「対称性比較AI」だ。それら人工知能をまとめたプラットフォームアプリは、「Beauty.AI」と名付けられた。なお、記念すべき第一回目のAI美人コンテストの名称もアプリの名称と同じBeauty.AI(以下、AI美人コンテスト)だった。

AI美人コンテストには、誰でも簡単に参加することができた。方法は、スマーフォンなどにダウンロードしたBeauty.AIアプリを使って、顔写真、年齢、性別などを投稿するだけ。その後、人工知能がそのデータを解析して順位をつけてくれるという仕組みである。物珍しさからか、AI美人コンテストは世界各地のメディアに取り上げられ、最終的に約5000名の人々が参加することになった。

ユースラボラトリーズがAI美人コンテストを仕掛けた背景には、ひとつの大きな理由があった。それは「人々の顔データをなるべく多く集める」というものだ。2015年当時、同社メンバーは顔写真から人間の健康状態を評価できるアプリを開発しようとしていた。同時期に大手化粧品会社と契約を締結したこともあり、そういった新しいタイプのAIアプリの需要が高まるとふんでいたのだ。

結果は予想以上で、ユースラボラトリーズは第1回目のAI美人コンテストが終わった直後に、第2回大会の開催を予告した。2度目のAI美人コンテストが開催されたのは、2016年8月だ。マイクロソフトが後援した同大会には、世界約100カ国、6000名以上が参加した。参加者たちは自分の顔が人工知能にどう判断されるか期待と不安を抱き、Beauty.AIに写真やデータを投稿した。だがその後、AI美人コンテストの運営に思わぬトラブルが発生する。AIによる審査に、人種的な偏向が含まれているという指摘が相次いだのだ。おそらく、その騒動は人類史上初の「AI審査員偏向騒動」として語り継がれるものになるかもしれない。

公開された大会結果について、英国のガーディアン紙などは批判的な立場を取った。というのも、Beauty.AIが選出した最終受賞者44人のうちほとんどが白人女性であり、アジア系の受賞者は数えるほどしかいなかったからだ。

Photo by Eloise Ambursley on Unsplash

なお、褐色や黒色の肌を持つ人々にいたってはひとりも選ばれていない。たしかに大会への応募者には白人が多かったが、インドやアフリカ出身の有色人種も応募者に多く含まれていた。それら結果について、世界各メディアから肌の色による差別ではないかという議論が噴出したのである。なぜそのようなこと偏向が起こったのか。

最大の要因としては、Beauty.AIのアルゴリズムが、限られた写真データに依存していたことが挙げられる。同社が美の基準を設定するために使用したとするデータは白人のそれが中心であり、有色人種を含む世界規模の美の基準を判断するには総量やバラエティーが少なすぎたのだ。

その点について、ユースラボラトリーズのCSOであるアレックス・ザヴォロンコフも「結果について自分でも非常に驚いた(中略)。アルゴリズムに明るい色の肌を美の基準にすべしと指定したわけではないが、入力されたデータによってそのような結論を出したようだ(中略)。いかなるアルゴリズムを学習させる場合でも、データ不足やデータ偏向は起こりうることを理解した」と結果を顧みている。

Beauty.AIに限らず、偏見を持った人工知能は今後も生まれてくるはずだ。人間の価値観は本来、無意識的に偏るものでもあり、それは生物として致し方がないことである。その偏った価値観が人工知能にまったく反映されないというのはむしろありえない話だ。またBeauty.AIのように、なるべく中立的なアルゴリズムを心がけて作ったとしても、ディープラーニングなど、もともとのデータに強く依存する技術を採用する限り、そのデータ種類や量によって思いがけず偏向してしまう可能性はいつまでも残りつづける。

そもそも、人工知能は人間に代わって「美」という価値観を判断することは可能なのだろうか。おそらく現段階では技術的に難しいだろう。たとえば、人工知能に美に関する大量のデータを与えて学習させたとしよう。ただそこには前提として、それらデータを美しいと判断・収集した人間の価値観がメタ的に含まれている。Beauty.AIもあくまでも、人間が美しいと判断したデータから法則を見つけて、選別作業を「代替」しているに過ぎない。

しかも美という価値観は、時代や社会とともに常に変化するものである。昨年、ファッションの中心地・フランスでは極端に痩せているモデルの活動を禁止する法律が施行された。それまでは美しいとされていた人々が、「健康的であることがすなわち美しい」という社会的価値観の更新のもと、痩せすぎの体型は美しさの範疇から除外されてしまったのだ。

一方で昨今では引き締まった体を持つモデルたちとは一線を画す、プラスサイズ女性たちに人気が集まっている。それも、美という価値観が常に変化している証拠のひとつだ。 いずれ技術の発展とともに、美の基準を更新・判断できる人工知能が現れるかもしれないが、現段階では、日々進化する美という価値観をキャッチアップし続けることは物理的、もしくはスピード的に不可能である。

人工知能がもたらす美の「個人化」と「多様化」 それでは、人工知能は美に対してどう寄与できるだろうか。ひとつ確実なのは、美の「個人化=パーソナライズ」を促進するツールになるということだ。前述した通り、もともとBeauty.AIが目指したものは美の基準をつくることでなかった。むしろ、AI美人コンテストというイベントをきっかけになるべく多くの顔データを集め、各ユーザーの状況や環境に適した美容アドバイスを提供していくことだった。言い換えれば、年齢も出身地も遺伝的傾向も異なる各ユーザーがどうすれば美しい肌を保てるか、人工知能の力を使って個別具体的に答えを探そうとしたのである。

美のパーソナライズ化を目指すサービスは他にもある。たとえば、Opu Labsが展開しようとしている、ブロックチェーンとAIを組み合わせたプラットフォームサービスは興味深い。 同社はまず、人工知能を使ってユーザーの顔を分析。プラットフォームには、皮膚科医、美容師、化粧品メーカーなども参加していて、ユーザーは顔などのデータをもとに彼らから個人的な専門的アドバイスや製品の提供を受けとることができる。

ちなみに同プラットフォーム内では、個人と専門家・企業がデータを直接やり取りする仕組みがあるため、企業にとってはマス向けの広告費などを削減できる。一方、ユーザーにとってはこのプラットフォームに参加することで商品やサービスを安く購入できるというメリットが生じる。

人工知能は今後も、美をパーソナライズするビジネスにおいて重宝されていくはずである。そして美の個人化が進んだ先には、それぞれのユーザーが、それぞれの美を追求する「美の多様化」が待っている。人工知能が将来的に美にもたらす変革。それは、美の基準を絞って判断することではなく、美の基準を増やし豊かにすることなのだ。

Photo by YouthLaboratories

※本記事はBeautyTech.jp掲載の『人工知能に中立はない? AIによる美人コンテスト炎上騒動が浮き彫りにしたもの』を改題・再編集したものです。