手足にマヒのあるネイサン・コプランド(Nathan Copeland)氏は、ロボットアームで、バラク・オバマ大統領と握手を交わした。
ピッツバーグ大学の研究チームが開発したこのロボットアームは、患者の意思で操作することができ、なおかつ触覚を取り戻すよう人間を支援する。オバマ大統領は「すごい」と称賛。医工学分野で初の快挙をあげたチームを祝した。
大統領がロボットハンドを握ると、コプランド氏の脳に埋め込まれた小さなチップが反応する。大統領は「僕が握手するとネイサンに信号が送られて、彼は僕が手を握っていると感じる。見事な正確さだ」と説明した。
感覚を感じることのできる義肢の開発プロジェクトの一環として行われたこの研究の詳細は、サイエンス・トランスレーショナル・メディシン(Science Translational Medicine)に掲載された。目隠しされてどの指に触られているのか答える検査では、コプランド氏の正答率は84%にのぼった。
この脳波を利用して義肢を動かす最新のテクノロジー研究は、障害者の自立を支援することを目標に置く。また、手足を失った人のための義肢の改良も目指す。
マヒ患者が自分の動きをイメージするだけで、ロボットアームが動き、他人に触れたり、コーヒーを飲んだりできるテクノロジーズについては、近年、大きく報道されている。患者がイメージすると脳に埋め込まれている電極が作動して、義肢に動くように指令が出る仕組みだ。電気信号は、コンピュータを通じてロボットの義肢に伝えられる。
今回の研究の目新しさは、ブレインコントロール技術を使って、感覚を再構築するという点。つまり、これまでは脳からロボットへ情報がアウトプットされてきたが、逆にロボットから脳に情報がインプットされるということになりそうだ。
動くという行為は本来、筋肉の動きだけで成り立っていない。手で何かに触れた感覚があれば、人はそれを落としたり、押しつぶしたりせずに、ちょうどよい力を保てる。人間側の感覚を取り戻すという作業は、リハビリ用ロボットアーム開発にとって非常に重要な課題となる。
今回の研究を率いた同大学リハビリテーション科のロバート・ガウンツ(Robert Gaunt)準教授は、「触れることは単に心理的なつながりを得るだけではない。ごく基本的な触覚がなければ、物のやり取り、物を拾うこと、物を手で扱うことなどに非常に苦労する」と語る。
触覚を持つ義肢開発のはじめのステップとしては、義肢にセンサーを取り付けること。次のハードルは、センサーでの信号の入出力をいかに実現するかだ。これについては例えば、四肢を失った患者の手足の残された部分の神経細胞と、ロボットアームを直接つなぐ試みがなされている。
これまで、四肢と脳の間を伝わる情報が脊髄損傷によって遮断された場合、信号の入出力は不可能であると考えられてきた。しかしサルを使った先行研究では、脳へ電極を埋め込むことで解決するかもしれないという道が示された。ピッツバーグ大学医療センターの外科医らは2015年3月、コプランド氏の脳の手の感覚をつかさどる領域に、電極を埋め込む手術を施した。
この領域の脳細胞に対する電気刺激は、10年以上前に四肢まひになったコプランド氏にも有効だった。
同大学の神経生物学者アンドリュー・シュワルツ(Andrew Schwartz)氏は「脳の電極を通じて自然の感覚が得られることが分かった」と話す。
カリフォルニア工科大学の神経科学者リチャード・アンダーセン(Richard Andersen)氏は、「この研究はコプランド氏ひとりだけを被験者にして行われているが、触覚能力の構築に向けての第一歩だ(中略)触覚のフィードバックでロボットアームの性能を高めるにはさらなる研究が必要」とコメントを寄せている。アンダーセン氏の研究チームも、いわゆるこの“マインドコントロール義肢”を研究しており、ペンシルベニア大学と同様の実験を開始する予定だ。
コプランド氏によると、現在進行中の研究はより精巧になっており、電極が出す刺激量を変えながら物を拾い上げる実験を行っているともいう。なお、コプランド氏はロボットアームを家に持って帰るつもりはないそうだが、「科学の進歩に貢献できたことを誇りに思う」としている。
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