リクルートテクノロジーズATL・米谷修所長に聞くVR×オープンイノベーションの真意

河鐘基2017年9月27日(水曜日)

 AIやドローン、ロボットなど社会を変えるであろう先端テクノロジーに注目が高まる中、東京都渋谷区広尾にある山種美術館内の一角で、あの大手企業が「オープンイノベーション」に乗り出した。

 リクルートテクノロジーズが運営するアドバンス・テクノロジー・ラボ(Advanced Technology Lab、以下ATL)は、2017年6月中旬に、VR開発用の設備を備えたオープンイノベーションスペースを一般向けに開放した。同スペースは、「モーションキャプチャースタジオ」、「クロマキー撮影ルーム」をはじめ、VR開発に最適なハイスペックマシン、ヘッドマウントディスプレイ「HTC VIVE」「Oculus rift」など高価な機材を揃え、審査・登録を終えた客員研究員に無料で貸し出している。リクルートのR&D拠点のひとつであるATLが、VR分野でオープンイノベーションに乗り出した真意とは。ATL所長・米谷修氏に話を聞いた。

※以下、インタビュー(太字インタビュアー)

-施設開放から約3ヵ月が経過しようとしています。企業がVR開発用の機材を無料で貸し出すという試みはあまり前例がないと思うのですが、反響の方はいかがでしょうか

 VRというテクノロジーへの期待もあり、おかげさまで多数のお問合せをいただいています。現状、すでに登録が完了した客員研究員の数は約200人、審査・登録待ちを含めると250~300人となっています。

-やはり、高価な機材を無料で使えるというのは魅力なんですね。ただ、それだけ客員研究員の数が増えているとなると、結構、混んでいたりするのでしょうか。

 スペースは予約制なので、事前に予約してもらえれば使えないということはまずありません。ご安心ください(笑)。

-VR開発機材およびスペースの無料貸し出しなどを通じて、「ATLとは何か」という、読者の皆さんの疑問も膨らんでいると思います。そもそもATLとは、どのような組織なのか。その点からお話をお聞かせ下さい。

 今回はVR開発向けにスペースを開放しましたが、もともとATLはVRのみを研究するために生まれた組織ではありません。リクルートグループの事業に繋がる様々なテクノロジーに焦点を当てた、R&D(研究開発)部門となります。なお、他のグループ企業でもR&Dは行っていますが、ATLは少々、特殊な立ち位置にあります。と言いますのも、ATL以外のR&D部門は主に、短いスパンで投資対効果が見込めるテクノロジーの研究・開発に注力していますが、ATLでは実用化までの道筋が明確ではない、もしくは長期的な視点に立った“未来の技術”にフォーカスしています。

-リクルートグループでは、同じR&Dでも2種類あるということになりそうなのですが、ふたつを明確に分けるようになった経緯は?

 リクルートグループ内では、2000年を境に「紙」から「ネット」に商品拡大を図り、事業として営業チャンネル、本の制作流通、ITシステム開発が繋がっていく流れが生まれました。しかしその後、PCからモバイルにコンテンツが移行していく時期にも、紙からネットに転載しただけの商品が多く残っていた。つまり、ガラケーの小さな画面にビジネスとしての商機があるかどうかに懐疑が残っていて、本格的な移行のタイミングを逃してしまったのです。その後、iPhoneなどスマートフォンが登場し、世の流れが大きく変わったのは皆様も周知の通りです。世の中は新しいところを求めていたのに、我々は止まっていたのです。私自身はATLの他にも、ビックデータ、セキュリティー、インフラなどのIT専門部隊を統括しているのですが、個人的にも非常に悔しい思いをしました。

 我々は開拓・実装展開・運用という段階を設定して、テクノロジーの研究・実用化に取り組んできたのですが、当時の反省から、開拓部分に関しては、全体の予算から一定の率を決めて、現場のエンジニアの発想で自由にやろうという方針を取ることにしました。そこに人が集まって、組織としての成立したのがATLとなります。

-なるほど。ある意味、過去の反省からATLが生まれたと。

 そうなります。なおATLでは、リクルートグループが抱えている「現場の課題解決」は目指しません。現場の課題解決は、R&Dではなく、ルーチンとして、リターンを意識しながら各現場でやっていこうとしています。ビックデータを使ったレコメンド精度の向上などがそうですね。例えば私どものグループで運営している「カーセンサー」では、クライアント(中古車ディーラー)をサポートするために、「どういう車を仕入れれば利益率があがるか」をAIでレコメンドしようとしています。そういう類の課題解決は、現場でやります。一方、ATLが目指しているのは、現場のビジネスとは関係のないこと。「それ、ビジネスになるの?」を、意識的に攻めていくと。そういう対投資効果を考慮しないR&Dを3~4年続けています。

-ATLでは今後も、明確な結果を意識せず、何でも自由に挑戦しようということでしょうか。

 その通りです。非常に曖昧模糊としていますが、まだ形になっていない“何か”を生み出すことがATLの使命だと考えています。それでも、ATLの業務があくまでR&Dであるという前提は揺るぎませんので、VR、ロボット、ドローン、AIなどある程度方向が見えてきた分野に、積極的に取り組んでいきたいと考えています

-スペースのオープン時に「なぜリクルートがVR施設を無料開放するのか」、もしくは「他にも話題のテクノロジーがたくさんあるのに、なぜあえてVRなのか」という点が気になっていました。

 VRについては、世間の注目や熱を感じる機会に恵まれたという経緯があります。ATLでは2016年に、視覚だけでなく聴覚や触覚も刺激する「体感型VR」の実証実験イベント「未来アミューズメントパーク」を開催しましたが、盛り上りが予想以上でした。それにVRは国内・海外問わず、無視できないテクノロジーだとすでに認識され始めている。まだ投資対効果を得られるかどうかは分かりませんが、世の中の流れがそうなら積極的に攻めるべきだと判断しました。

 またスペースを無料で開放したりと、オープンイノベーションの形態を取ったのも「時代の要請」を感じているからです。イノベーションを独り占めできる時代は終わろうとしているというのが、我々の考えです。ATLとしては、リターンも曖昧、分野も曖昧、しかし何かが生まれてほしいし、そのためのパイプラインを増やしたい。そして最終的に何か果実が実った時に、皆様とシェアしていきたいと考えています。もしかしらたら、数年後、「オープンイノベーションは違ったな」と言っているかもしれませんが(笑)。今は最良の選択だと信じています。

-ATLでは、VR以外の分野でもオープンイノベーションスペースを開放する計画があったのですか?

 本当はVRの前に、ロボットやりたいと考えていました。ただ、震災の影響で実現できませんでした。ロボットを一緒につくってもらおうとした企業はみな、防災・災害用ロボットの受注が多く現時点では難しいと。タイミング的には、2015年頃のことだったと記憶しています。それでも、いずれロボットの研究・開発に焦点を当てていきたいと思っています。例えば、ペッパーの改善はぜひやりたり。ペッパーは、プラットフォームとしてすでに魅力がたくさんあるのですが、まだ引き出せていない潜在力も大きいと考えています。

米谷所長は、ロボットのどのような部分に潜在力を感じてらっしゃいますか?

「ヒューマノイドロボットの権威である大阪大学の石黒浩教授とたびたびお話させていただく機会があったのですが、その過程でロボットがビジネスにもたらす効用は非常に大きいと考えるようになりました。とあるデパートに設置された石黒教授のロボットは、約30人のスタッフの中、上位の販売実績を誇ると言います。しかも、売っている商品がわずか4つほど。ロボットの価格自体は非常に高価な面もあるのですが、集客力・販売力という側面では秀でていると実感しました。物販以外でも、介護など様々な分野で力を発揮できると思います」

-ATLでは現在、他にどうようなテクノロジーを研究・開発されているのでしょうか

 いろいろやっていますが、最近では「IoT」という文脈で「スマートキー」なんかも開発・販売しています。もともとスマートキー開発は、不動産仲介業者の方の仕事を効率化できないかという発想から着手しました。不動産仲介業者の方が大家さんに鍵を借りて、内覧希望者に同行・開錠し、鍵を返すという作業は非常に時間を消費する業務だった。業務時間ベースで計算すると、おおよそ5割ほどの時間をその作業に割いてらっしゃる方々もいます。そこで、スマートフォンなどを使って遠隔かつセキュアに鍵の開け・閉めができるスマートキー研究を始めることになりました。

 当初、スマートキーは商品化を念頭に置いていませんでしたが、大東建託さんの方で実際に使いたいとの要望があり、現場での検証や改修を重ねて販売を開始することになりました。スマートキーを使えば、不動産の状況をモニタリングすることも可能となります。具体的には「閉め忘れ」などを解決できますし、民泊など他の不動産サービスにおいても需要がかなり出てくるのではないかと考えています。

-先に実用化を考えず、結果としてスマートキーが商品になったというのは、ATLらしいエピソードですね。

 我々が何かを発信して、それをクライアントさんが見つけてくれる。そして、より豊かな実用化につながるという流れは理想的ですね。ただそのようなR&Dの展開は“ロジック”じゃない側面があります。企業や社員の信念、もしくは“信頼感の連鎖”がないと成立が難しいでしょう。現場で一生懸命つくっていても、マネジメント側の理解がなく、費用や対投資効果を短期的に厳しく問いただされてしまえば一瞬で終わってしまいますので。一定の予算や時間を信頼のもと社員に託すことを“是”としているリクルートの社風、そしてトップの意思は非常に貴重なものだと思います。

-米谷所長ご自身は、テクノロジーについて何か特別な思い入れはありますか?

 僕が現場で働いていた20代の頃、クライアントや同僚が課題解決にものすごく喜んでくれたという原体験があります。徹夜仕事続きだったのに、おかげで楽になったみたいな話をしてもらえることがうれしくて、徐々に自動化に快感を覚えるようになりました(笑)。実はリクルート内では今でも、自動化による作業効率化を促すプロジェクトが数多く展開されています。AIによるアタック原稿(クライアントへの提案時に営業マンが渡す仮原稿)の自動作成・校閲、類似ネイル画像のレコメンド、スマホで撮影した画像から車種を自動判別などはほんの一例です。最近では、RPA(ソフトウェアロボットによる業務自動化)にも取り組んでいます。

-そう聞くと、今後はVRと他分野のジョイントや「共進化」もありえるかもしれないですね。最後にオープンイノベーションスペースを利用したいと考えている皆様に、所長からメッセージをお願いします。

 スペースをたくさんの方々に自由に利用してもらって、これまでの枠をこえたVRの使い方を生み出してほしいと思います。そして、設備だけではなく、我々にできることがあればぜひ相談していただきたい。VRに関する“横のつながり”は我々が共有いたしますので、実った果実をシェアしていきましょう。メディアの方々の取材もお待ちしております。

-本日はありがとうございました。

取材協力:リクルートテクノロジーズ&Advanced Technology Lab/Direction&Text by Jonggi Ha/Photo by Nori Edamatsu
Movie by オフィステイト(officeTATE)VLOGTwitterFacebookInstagram

All Photo©nori edamatsu&ROBOTEER Inc.

河鐘基

記者:河鐘基


1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表。テクノロジーメディア「ロボティア」編集長・運営責任者。著書に『ドローンの衝撃』『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社)など。自社でアジア地域を中心とした海外テック動向の調査やメディア運営、コンテンツ制作全般を請け負うかたわら、『Forbes JAPAN』 『週刊SPA!』など各種メディアにテクノロジーから社会・政治問題まで幅広く寄稿している。