VR(バーチャルリアリティ=仮想現実)を利用して精神疾患を治療しようという臨床試験が進められている。英・ロンドン大学など世界主要大学の研究チームが、同技術を活用し、うつ病、恐怖症(phobias)など、様々な疾患の治療を試みている。
まず研究者たちが注目しているのは、認知行動療法(cognitive behavioural therapy)へのバーチャルリアリティーの応用だ。通称CBTとも呼ばれるこの治療法は、患者の非合理な思考を変えるために、一連の説得と論争を通じて具体的な行動課題を与え、誤った視点と解釈を修正していくというものだ。
これまで医療スタッフたちは、CBTを通じて恐怖症患者が過去に経験した状況を認知させた後、医師との相談し、演劇や絵を描く方法などを駆使して、患者自ら状況を克服できる方法を模索してきた。
心理治療において、過去の状況を正確に再現することは決して簡単ではない。それにも増して難しいのは、患者が恐怖と“再会”する過程で余計に恐怖心が増し、治療が逆効果になるケースが少なくないということだ。その問題を、バーチャルリアリティーで解決しようというのが、ロンドン大学研究チームの研究目標となる。
例えば、とある患者が男性に対して恐怖心をいだいているとしよう。その場合、患者はまずバーチャルリアリティーのなかに入り、恐怖心を抱いた時点に戻って、遠い距離から男性を見る。医師は、患者とその時のフィーリングについて相談。患者が恐怖心を徐々に克服していくように手伝い、仮想現実のなかで男性との距離を縮めていくように誘う。最終的に患者が許容する範囲で男性の数を増やしていくことで、慢性的な恐怖症を治すことができるというのが研究チームの説明だ。なお、この治療法は専門用語で「仮想現実治療(Virtual Reality Therapy)」と命名されている。
なお、「心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder)」のような疾患を治療する際には、外傷と関連する状況に慣れさせる「疑似体験治療(prolonged exposure Therapy)」という方法があり、医学的に不安を減少させる効果があると認められている。
仮想現実がその疑似体験治療に活用される場合、治療効果がより早く現れるだろうというのが関係者たちの見解だ。患者自身が仮想現実であること知っていれば、治療前より恐怖心が大きくなるなどの副作用、逆効果も半減するという分析である。
ロンドン大学の研究チームはまた、今年初めから、バーチャルリアリティーを通じたうつ病(depression)の治療テストを行っている。目標としては、患者自身がうつ病の原因を見つけるように後押し、また病を抱えている患者が自分自身を責めるということを、可能な限り減らしていくというものだ。
治療の具体的な方法としてはまず、仮想現実のなかで患者を泣いている子供の前に立つようにする。ある程度時間が経過した後、状況を変え、今度は自分が泣いている子供の役割を演じるようにする。その過程で、患者らは子供に向かって可憐さを感じる。つまり思いやり(compassion)を持つようになる。
英国の心理学会誌によると、ロンドン大学研究チームは、そのバーチャルリアリティーを使った治療法で、15人のうち9人の患者の症状が改善を見せたと記録している。もちろん、その治療法が完全という訳ではないが、一部の患者にとっては有効だということになりそうだ。
ロンドン大学で臨床心理学を専攻するクリス・ブリュウィン(Chris Brewin)教授は「最近、仮想現実を通じた“自己批判(Self-criticism)”という治療方法を、摂食障害(eating disorders)など、精神疾患を抱えた患者の治療過程で導入する問題をめぐり、医療スタッフの間でさまざまな意見が交換されている」と述べている。
一方、レディング大学ポール・シャーキー(Paul Sharkey)教授は、痛み(pain)の治療で、バーチャルリアリティーの導入が具体化しはじめていると話す。また昨年、米国ではすでに、バーチャルリアリティーをアルツハイマーの治療に導入する実験も行われているそうだ。
医学界では、仮想現実を他の神経系の症状の治療にも適用することが可能だと見ている。カナダの研究者は現在、眼圧の上昇で視神経が刺激されたり、血液の供給に障害が生じる緑内障などの治療に、バーチャルリアリティーを導入する道筋を模索している。
医療には安全性や慎重さが要求される。仮想現実を通じた治療が実際に行われるには、まだ長い時間が必要かもしれない。が、それでも病気に苦しむ人にとっては新しい光明になる可能性が高い。医療分野で仮想現実がどのような役割を果たすのか。注目したいイシューだ。