中国はAI分野の世界的リーダーになれるか...産業勃興の背景とリスク

ロボティア編集部2017年10月5日(木曜日)

 中国大手スマートフォン企業・ファーウェイ(華為)が、世界初の人工知能(AI)チップセット「kirin970(麒麟970)」を搭載したスマートフォンを発売するという。処理能力が、CPU より25倍も優れたニューラルネットワーク演算専用のプロセッサ「NPU」を採用したそのAIチップセットは、ユーザの行動パターン、関心などをよりパーソナライズし、リアルタイム翻訳、音声認識などで優れた性能を発揮するとの触れ込みだ。

 ファーウェイの新製品への自信は、最近投稿されたTwitterコンテンツにも表れている。 ファーウェイは、アップルの新製品「iPhone X」の核心的な機能である「顔認識技術」が正常に動作していないことに言及。「本当のAIフォン」が来ると、自社製品のクオリティーを暗に誇示した。

 中国では、スマートフォン業界だけではなく、さまざまな分野で“AI旋風”が巻き起こっている。なかでも、軍需産業のそれは著しい。最近、中国のとある軍事専門家はメディアに対して「今後5年以内にAI搭載ドローンを衛星で遠隔操縦することができるようになるだろう」と分析した。加えて、第5世代ステルス戦闘機「J-20」と「J-31」が、ミサイルが搭載された大型無人偵察機を遠隔操縦したり、小規模ドローンの編隊を導くことができるようになるだろうと、中国の「軍事AI事情」を説明している。

 中国のAI分野は、世界トップを走る米国を追い抜くのだろうか。ひとつ参考になりそうなのは、AI分野に関する投資誘致額だ。エコノミスト誌によると、2012年から2016年上半期までに、米国のAI企業に投資された金額は、179億ドル。一方、同期間、中国企業が誘致した額は26億ドル(世界2位)に過ぎなかった。こうしてみると、中国と米国の差はいまだ大きい。しかし、多くの専門家は、この差が今後急速に減少すると見込んでいる。その根拠は一体何なのだろうか。

 まず根拠として考えられているのは、AIの研究分野における存在感の増大だ。こちらも、エコノミスト誌によれば、2015年に公開された人工知能関連学術誌の40%以上に、中国人研究者1人以上が含まれているという。中国における人工知能関連の特許出願数も、2010〜2014年の間に186%増加。特許出願件数では、米国に次いで世界2位の規模を誇っている。なお、昨年10月の段階で、中国が保有しているAI分野の特許数は1万6000個以上。海外動向に詳しい、日本のAI専門家も次のように話している。

「ここ数年、海外のシンポジウムや学会などで、中国人研究者の姿が目立ちはじめている。もはや、研究という観点から言えば中国が最大勢力でしょう」

なお、ディープラーニング技術の物差しともなる画像認識国際大会「ILSVRC(ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)」では、ここ2年間、中国チームトップが占めている。2014年にはGoogle、2015年にはマイクロソフトがそれぞれトップの成績を収めていたその大会で、自国の力を見せつけはじめている。

 中国におけるAI研究・開発の勃興には、政府次元の後押しが著しく影響している。 「人工知能2030」、「メイド・イン・チャイナ2025」、「インターネット+人工知能3カ年計画」、「次世代人工知能開発計画」のような政策が、その代表例だ。

 2017年3月には、両会(全国人民代表大会、中国人民政治協商会議のふたつの会議を総称した名称)の政府業務報告に、AIの重要性がこれでもかというほど強調されていた。続く7月には、AI発展プロジェクトが国家級戦略に格上げ。AI産業について、今後10年間にわたり中国経済を牽引するであろう“核心エンジン”に指定している。加えて、中国国務院は小・中・高校教育の過程で、人工知能コースを新設する必要があるとも強調している。

 さらに中国政府は、各地域のAIスタートアップに各種優遇政策、および財政的なインセンティブを提供している。政府の優遇政策に支えられ、バイドゥー、アリババ、テンセントのような大手IT企業はもちろん、Megvii、iCarbonX、Mobvoi、SenseTimeなどスタートアップ、ディディチューシン、シャオミのような「ユニコーン企業」が、積極的にAI技術に研究・投資している。ゴールドマン・サックスのレポートによれば、中国のAI関連企業はすでに700以上にのぼるという。

 バイドゥーの場合、人間よりも高い音声認識精度を誇る最先端ニューラルネットワークベースの機械翻訳システムを開発。また、自動走行ソリューションプロジェクト「アポロ(Project Apollo)」のオープンソース・プラットフォームを発表している。過去2年間、バイドゥーがAI分野に投資した金額は200億元に迫る。人材を抱えるという点においても抜かりがない。機械学習人材の給与は約22万ドルで、これはフェイスブック(27万3000ドル)、マイクロソフト(24万4000ドル)に次ぐ世界第3位の水準だ。現在、バイドゥーで働くAIエンジニアは2000人を上回るという。

 一方、テンセントは「コンテンツAI」「ソーシャルAI」「ゲームAI」に焦点を合わせて、世界トップクラスの科学者、研究者、専門家50名を招聘。独自のAIラボ(Tencent AI Lab)を設立している。その場所で開発された人工知能「Fine Art(絶芸)」は、2017年の初め、日本のプロ棋士・一力遼7段を撃破。世界人工知能囲碁大会でも優勝している。

 2017年にMITテクノロジーレビューが選定した「スマートな企業上位50位」で11位を占めたMegviiは、コンピュータビジョンに特化したスタートアップだ。同社の顔認識製品「Face ++」は、これまで1億以上の顔を認識・区別している。

 中国・深セン取引所に上場した音声・自然言語処理分野のiFlytekは、時価総額が120億ドルに達する。 その音声認識技術は、中国各地域の方言も区別することができるという。

 中国が人工知能を研究する上で圧倒的に有利な部分は、膨大な人口にある。インターネット利用者7億人以上に加え、スマートフォンユーザーが多く、行動パターン、ビッグデータを効率的に収集・活用し、他国よりもはるかに速く大規模な研究と実験を行うことができる。

 専門家たちは、そのような傾向を見たとき、中国がAI分野における世界的リーダーになる可能性が十分あると指摘している。とはいえ、中国がGoogleとマイクロソフトなどの巨人を越えていくためには、政府および業界関係者のマインドが変わらなければならないとする指摘もある。

 中国と西側諸国では、AIにアプローチするスタンスが異なる。西側諸国の場合、人工知能技術のルーツとなる科学、およびインフラに焦点を合わせて研究が進められている。一方、中国では、既存の技術を新たにビジネスや実用用途で適用する方法で研究が進む傾向が強い。

 中国がなぜそうのなかを考えたとき、「具体的な研究結果に対してのみ政府が支援するから」という分析ができそうだ。AIの基礎科学研究には多くの時間がかかる。つまり、大きな経済的リスクが伴う。とはいえ短視眼的なAI研究が続くのであれば、中国のそれは単なるAIバブルでしかなく、いずれもろくも崩れ去るリスクがある。

 中国が人工知能分野のリーダーになるためには、技術を裏付ける科学的研究に焦点を合わせるしかない。そうなると、研究支援費、研究提案、研究プロジェクトの影響評価基準などを変えていく必要があるが、その可能性は未知数となっている。

 さらに言えば、海外技術やノウハウへのアクセスが妨げられているという点も、中国のAI発展を阻害する潜在的なリスクとなる。ペンタゴンレポートによると、過去6年間、中国人は米AIスタートアップに7億ドル超えの資本を投資したにもかかわらず、米国防総省はこれを「国家安全保障の潜在的な脅威」と判断。中国企業の自国AI投資禁止を望んでいるという。また海外の有名研究者は、彼らの研究を中国が「権威主義的」な目的のために使用すると判断した場合、中国企業・学界への協力を全面拒否するという立場も示している。

 今後、中国はAI分野で世界にどのような影響力・存在感を示していくのか。注意深く見守る必要がありあそうだ。

photo by maxpixel