愛を“可視化”し”富”が増える…ブロックチェーン時代の結婚・恋愛のカタチ

河鐘基2018年9月21日(金曜日)

本原稿は「月刊サイゾー2018年8月号」に掲載されたものです

ビットコインなど仮想通貨の基幹技術であるブロックチェーンを、結婚という領域に応用しようという動きが世界各国で活発になりつつある。14年10月、David MondrusさんとJoyce Bayotookさんは、世界で初めて「ブロックチェーン婚」を果たしたカップルとなった。舞台となったのは、米フロリダ州オーランドのディズニーワールドで行われたブロックチェーンイベント。ビットコインブロックチェーン上に婚姻情報を記録したふたりは、次のようなメッセージをともに添えた。「For better or worse,’til death do us part, because the blockchain is forever」<健やかなる時も病める時も死がふたりを分かとうとも(愛を誓う)ブロックチェーンは永遠だから>

ブロックチェーン、正確には膨大な数のノード(ネットワークに参加しているパソコン)を持つパブリックブロックチェーンには、「改ざんがほぼ不可能」という特徴がある。しかも、地球壊滅レベルの戦争や災害でも起きない限り半永久的に記録が残る。そこでふたりは、ブロックチェーンに婚姻関係を刻むことで、永遠の愛を誓うことにしたというわけだ。16年7月には、ビットコイン活動家・Oles Slobodenyukさん、Irina Dkhnovskayaさんカップルも、ブロックチェーンプラットフォームに“婚姻届け”を提出。結婚証明書を発行している。

なぜ、ブロックチェーン婚を選択するカップルがぽつぽつと現れるのだろうか。それは何か新しいデジタル・カルチャーの出現を示唆する予兆なのだろうか。

「ブロックチェーンに婚姻関係を書き込むという行為は、どこか神様に愛を誓う儀式に似ていますよね。ただ、愛を誓う対象が神様ではなくてテクノロジー。そんな印象を受けます」

そう指摘するのは、結婚制度の専門家で、「婚活」という言葉の生みの親でもある社会学者・山田昌弘教授(中央大学)だ。例えば、神奈川県・湘南平など恋愛スポットでは、愛を誓ったカップルが名前とともに南京錠をかけるという慣習がある。また、世界各地には愛する人の名前やモチーフをタトゥーとして体に刻むという慣習もある。山田教授が指摘するように、ブロックチェーンに愛を書き込むという行為は、宗教的儀式、もしくはそれら恋愛に関する慣習を代替したものという捉え方は的確なのかもしれない。いかんせん、愛は目で見ることができないが、ブロックチェーンに記録すればいつでも確認することができる。つまり、愛を「可視化」することができるのだ。ネットワーク上に半永久的に刻まれる愛の印。それは言葉や消滅してしまう物理的な愛の表現よりも、はるかに合理的、そしてオモい。

「結婚とブロックチェーン」というテーマは新しく、まだまだ関連サービスや実用例は少ない。ただ少しだけでも考えを掘り下げてみるだけでも、将来的な可能性がとても大きいことに気付く。前述のように愛を可視化する機能の他にも、いろいろな使い方やメリットが想定できる。例えば、「既存の結婚制度に依存しない愛の承認システム」を構築するというのも、ブロックチェーンの使い方のひとつとなるだろう。ブロックチェーンで2人の愛を証明する結婚承認アプリ「SoulGem」の開発を進める、シビラ社(SIVIRA Inc.)CEO・藤井隆嗣氏は言う。

「約3年前、同性婚を取り巻く議論が各国で高まってきたことが、アプリ開発を始めたきっかけになりました。日本では同性婚は認められていませんが、そもそも国の承認が必要不可欠なのかと。愛し合う二人の契約すなわち結婚であって、LGBTの方々が結婚できるか否かを第三者が恣意的に判断すべきではないというのが僕たちの問題意識でした。そこで、特定の権力に依存しない『非中央集権』というブロックチェーンの思想を取り入れた、新しい結婚の形を実現しようと考えました」

SoulGemのプロトタイプでは、カップル同士が電話番号をペアリングし必要事項を記入すれば、ブロックチェーン上にふたりの愛が刻まれ、結婚証明書が発行される仕組みになっている。国や共同体の承認がなくともネットワーク上で愛が承認され、ふたりの関係が保存される仕組みである。ちなみにSoulGemを使えば、婚姻関係だけでなく、各個人の交際履歴もブロックチェーンに刻むことができる。藤井氏は続ける。

「アプリを開発する際に、各個人が恋愛履歴を刻める機能を搭載しました。男女の間には、『わたしたち付き合ってるの?』みたいな認識の不一致がよく発生します。それをブロックチェーンに刻むことで解消しようと考えました。なお恋愛履歴は、互いに確認できるようになっています。つまり、ブロックチェーンに婚姻関係を刻むパートナーが、過去にどのような人と付き合ってきたか把握できるのです。プロトタイプが完成した際、ヒアリングした日米の男性から共通した意見をいただきました。皆、『金融以外のBlockchain活用は面白い』と言いつつも、『そのアプリは本当にいらない』『頼むから、広まらないで欲しい』と大爆笑(笑)。ただ、女性からは人気が高いですね。やはり、結婚や恋愛で何かと騙される可能性が高い女性たちからすれば、安心・安全にパートナーを選ぶ担保になりますから。そういう意味では、恋愛や結婚におけるリスクを減らすというのもブロックチェーン技術を使う強みだと思います」

一方、ブロックチェーン技術や関連ハードウェアを開発するチェリーチェーン社代表の浜田紗綾子氏も、新しい愛の承認制度のポジティブな側面を強調する。なお浜田氏は、18年9月上旬に開催される渋谷区主催「Social Innovation Week SHUBUYA」で、ブロックチェーンを使ったLGBTカップルの結婚イベントの用意を進める担当者でもある。

「これまで、何らかしらの手当や補償がもらえるということで国や役所に、結婚を認めてもらうという選択をしていた人々が多かったと思います。そのため、相手となる対象にはおのずと制限が設けられていた。しかし今では、同性愛を含めさまざまな形のパートナー関係が社会的に表面化してきていますし、パートナー同士がそれぞれ経済的に稼いでいて既存の結婚制度の枠で婚姻関係を結ばなくてもよいという人たちも増えてきています。そのような状況では、結婚を公的機関に苦労して認めてもらう必要がなく、ブロックチェーンに記録しようというカップルが増えてきても不思議じゃないのではないでしょうか。誰かにふたりの関係を認めてもらいたいけど、国じゃなくて、ネットワークに認めてもらえればいいかなと。改ざんできない記録の上に公式なパートナーが記録されるとなれば、精神的な安心感もありますし、何よりロマンチックですよね。しかも相手は国や社会から認められた異性である必要はなくて、同性でもいい。各個人が好きなパートナーを選ぶことができれば、人生の自由度も増していくはずです。神様より技術を信じる私たち日本人にとって、『ブロックチェーン婚』は親和性が高いと思いますよ」

既存の国家の婚姻制度には、「ふたりの関係を公式に承認する」という機能以外にも、役割がある。それは、経済的補償や富の再分配(=インセンティブの発行)を行うというものだ。出産手当、児童手当、年金、保険料、遺産の相続などなど、国に婚姻関係を承認されればさまざまなインセンティブ、もしくはそれらを享受するための資格を法的に受け取ることができる。むしろ、結婚の承認というプロセス自体が、それら国家の経済的な再分配を誰に行うべきかという「マーキング」であると考える方がより適当かもしれない。

国家にとって国民は労働力であり生産力だ。基本的には、新しい労働力、すなわちより多くの子供を産み育てることができる“であろう関係性”を持ったカップルに、より多くのインセンティブを与えるように設計されている。日本で言えば、「正社員である男性」と「専業主婦もしくはパートで働く女性」という組み合わせである。とはいえ、そのような日本の婚姻制度は破たんの兆候も見せつつあるが…。

「結婚は減少傾向にありますが、もっとも大きな理由は経済的メリットが失われつつあるから。言い換えれば、現実と制度が乖離し始めているからです。現在の結婚制度ができた戦後しばらくは、男性の9割以上が正社員のサラリーマンでした。そのため、正社員である男性と専業主婦という組み合わせの夫婦が、もっと得するような仕組みが維持されてきました。しかし現在では、非正規や自営業、フリーターの男性が増えている。長期間にわたって働ける場所が少ない女性は、安定を確保するために、少なくなった正社員男性の中からパートナーを探すことになるわけですが、条件に適した対象を見つけるのが難しくなってきています。愛があれば結婚すればよいじゃないかとなりますが、実際、現在の制度では非正規やフリーターの方々と結婚すると、女性は経済的に著しく不利になります。私自身は、愛する人と結婚することで得ることは多いと考える立場ですが、現実的に結婚に消極的になってしまうような制度的状況があるのは否めないんです。その帰結として、前段階の恋愛も減る。男性にとって結婚しない恋愛はお金のムダ。女性にとっては時間のムダですからね」

話を戻そう。ブロックチェーンは、ネットワークに改ざんできない愛の記録を書き込むことで、「愛の可視化」や「結婚の承認」を可能にする。一方で、国家の婚姻制度のように、何かしらのインセンティブをカップルたちに用意することができるのだろう。前出の藤井氏は言う。

「ブロックチェーンのネットワークの中で結婚したカップルに、既婚者ならではの様々なインセンティブを設けていくことは可能だと思います。むしろ、むしろ、それを可能とするのがトークンエコノミーです。そういったインセンティブが自発的に生まれてくる土台の設計と、その上で生まれる新しい経済の流れがトークンエコノミーであり、これを創出できるのが、ブロックチェーンの持つ本質的な力でしょう」

例えば、LGBTカップルなど、国に承認されない事情を持ったカップルがいたとしよう。最近では、ロボットと結婚したいという女性がフランスで現れて物議を醸したが、彼女たちのような先鋭的な人々を含めてもよい。ブロックチェーンプラットフォームではまず、彼/彼女たちの結婚を承認・記録する。次いで、プラットフォーム上でトークンを流通させる。この場合のトークンとは、仮想通貨でも、株式のようなものでも、割引チケットでも、どのような形でもよい。プラットフォームに参加した人たち、もしくはカップルを応援したい個人、マーケティング対象としたい企業はそのトークンを購入してネットワーク、もしくはオフラインで循環させる。すると、そこには一定の価値が生まれることになる。

最終的に、そのトークンの贈与を受けたカップルが、レストランや結婚式場、ハネムーン旅行、保険加入などさまざまなシーンで割引サービスなどを受けられるようになれればどうだろうか。その金額や、トークンを使うことで得られる価値が、人生トータルで国に結婚を認められることで得られるインセンティブの額を超えるまでに大きくなるならば、もはや国の結婚制度は権威的にも経済的にも必要ないということになる。壮大かつSFのような話にも聞こえるが、決して不可能な話ではない。むしろ、結婚とブロックチェーンというテーマを取り扱う人々は、すべからくこのインセンティブ設計の重要性に注目している。

前出の浜田氏も、結婚にブロックチェーンでインセンティブを与えていく仕組みづくりは、企業など民間の努力によって「充分に可能だ」と同意している。

「僕自身は、ブロックチェーンを使って、愛の関係性を増やしていくという視点は、社会の理にかなっていると思います。国がトップダウンで愛に対する価値観と経済をつくるのではなくて、人々が大事だと思う愛の価値観と経済がボトムアップで生まれてくるイメージです。さらに言えば、ブロックチェーン上の結婚関係や経済が社会的に受けいれられ“普通のこと”になれば、なかなか変化しづらい既存の結婚制度の方が人々の動きを包摂しようとするはずです。下から権威の在り方を変えていくことで、LGBTの方々などの結婚が正式に認められる日がくる。そういうダイナミズムが、ブロックチェーンが結婚制度にもたらす変化ではないでしょうか」(藤井氏)

藤井氏は、ブロックチェーンに愛を刻んだカップルが、愛のある行動を取ればトークンをもらえるというような仕組みも面白いと話す。大事だけれど儲からない。そんな事柄に価値を生むのがブロックチェーンの神髄だからだ。

「いまの世の中は、無意識のうちに「愛」がないがしろにされていく感があります。なぜかというと、愛を大切にしても儲からないし、物理的に豊かにならないから。ですが、我々が幸せを感じるためには愛は絶対的に必要ですし、ブロックチェーンは今の資本主義経済の基準では価値が認められにくいことに価値を与え、トークンとして循環させることができます。SoulGemの開発はひとつのメッセージ。今後はさらに一歩進んで、愛を育んだ方が幸せになれるトークンエコノミーをつくっていきたいと考えています」

余談だが、ブロックチェーン業界では、離婚に備えたプラットフォームサービスも登場し始めている。ロシアのMyWishというサービスは、プラットフォーム内にカップルの資産を共同で貯蓄しておくと、離婚の承認とともに自動に分割・送金される機能が搭載されている。またカップルが死亡した際、子供たちに資産が自動で移動する機能もある。

前述した通り、結婚とブロックチェーンを掛け合わせる取り組みは、ここ数年、始まったばかりだ。しかしながら、その動向に反応する人々は決して少なくない。裏を返せば、世界的に結婚という問題に悩まされているカップルがたくさんいるということの証明でもあるだろう。今後、国の制度が発行するインセンティブに依存することなく、より自由な愛の関係性を広めるツールのひとつとして、ブロックチェーンは大いに活用されていくはずである。

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本原稿は「月刊サイゾー2018年8月号」にて掲載された内容です

河鐘基

記者:河鐘基


1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表。テクノロジーメディア「ロボティア」編集長・運営責任者。著書に『ドローンの衝撃』『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社)など。自社でアジア地域を中心とした海外テック動向の調査やメディア運営、コンテンツ制作全般を請け負うかたわら、『Forbes JAPAN』 『週刊SPA!』など各種メディアにテクノロジーから社会・政治問題まで幅広く寄稿している。