動物を傷つけたり殺したりしない、もしくは動物実験を行なわない「クルエルティフリー」を実践した化粧品の需要が高まりを見せるなか、世界各国では動物実験に代わる試験方法や、代替テクノロジーの研究・開発が加速している。クルエルティフリー(Cruelty-Free)が、消費者の声におされるように、大きなトレンドとなりはじめている。EU27カ国、ノルウェー、インド、ニュージーランド、韓国などではすでに、化粧品の動物実験および動物実験された化粧品の取引が、完全もしくは部分的に禁止されている。
動物実験の廃止を訴える団体・Be Cruelty-Freeによれば、そのほかの国でも規制が着々と進んでいるという。加えて、米国、カナダ、ブラジル、日本、オーストラリアなどの消費者の大半が、「国レベルでの動物実験禁止を支持している」との意識調査の結果も、同団体から公表されている。
メイクアップツールを提供する米企業・Perfect365が発表した意識調査の結果も興味深い。同社アプリを利用する1万5000人の女性のうち36%が、「クルエルティフリーを実施している美容ブランドからのみ製品を購入する」と回答しているというのだ。これらの調査をふまえると、クルエルティフリーはエシカルなトレンドから、化粧品のマーケティングにとって必須条件になりつつあるとさえ言える。各国の法規制、また消費者の意識の変化を敏感に察知して、クルエルティフリーや親動物的な企業イメージを強調する企業も相次いで登場している。
英化粧品ブランド・The Body Shopは米ニューヨークの国連本部前で動物実験の中断を要求するデモを行い、署名を集めるなど、「動物にやさしい経営」をブランドアイデンティティのひとつに掲げており、消費者から強い支持を獲得している。韓国の化粧品ブランド・Aromaticaも、動物実験、また動物由来の原料を一切使用しないと宣言。製品輸入に動物実験が義務付けられている中国市場への進出を放棄する道を選び、ブランド価値向上を狙っている。
クルエルティフリーが世の趨勢となるなか、動物実験をせずとも化粧品の安全性を担保できるようにするテクノロジーの開発が進められている。最近では、米ジョンズ・ホプキンス大学のThomas Hartung教授ら研究チームが、ビッグデータと機械学習(マシンラーニング)を使って、動物実験なしに化学物質の毒性を予測できるシステムを開発したとして話題となった。同研究結果は、今年7月にジャーナル誌『Toxicological Sciences』に掲載された。
研究チームは、「RASAR」(Read-Across Structure Activity Relationship)という人工知能アルゴリズムに、約1万の化学物質に関する86件の動物実験の結果を学習させたのち、化学物質が人体におよぼす毒性の程度を予測できるようにした。結果、RASARは87%の精度で人体への影響を予測することに成功したという。これは動物実験の精度81%よりも高い数値だ。Hartung教授は、RASARを使えば従来の動物実験よりも正確かつ多様な毒性予測が可能だとし、すぐにでも人工知能が動物実験を代替できると自信をのぞかせている。
人工知能やビックデータを使って化学物質の毒性を見抜く研究は、今後、一層加速していくだろう。というのも人体に、より直接的な影響を及ぼす医薬品の開発にも人工知能が使われるケースが増えているからだ。
たとえば、米シリコンバレーに拠点を構える創薬AIスタートアップ・TwoXARは、スタンフォード大学、シカゴ大、ニューヨーク・マウントサイナイ病院、参天製薬の米国子会社・サンテンコーポレーションなどと提携して、肝臓がん、糖尿病性腎障害(diabetic nephropathy)、アテローム硬化症(atherosclerosis)リンパ管奇形(lymphatic malformation)、先天性表皮水疱症(epidermolysis bullosa simplex)、緑内障などさまざまな難病を治療するための新薬開発に乗り出している。関節リウマチの新薬については、臨床前段階のテストをすでに終えた状態である。
TwoXARの関係者に話を聞いたところによると、これまでひとつの新薬が開発されるまで、平均10~15年間にわたり数百億円が投資されてきたという。しかもその時間とコストの大半は、新薬を形成する化学物質の候補を探す過程に投入されてきた。TwoXARが目標とするのは、人工知能を使ってその従来の創薬プロセスを効率化すること。すでに、新薬候補化合物の特定にかかる時間を数週間まで短縮することに成功しているという。
そのような人工知能の発展状況を考え併せれば、動物実験を行うこと自体が非効率となり、自然に消滅していくシナリオも想定できる。クルエルティフリーはこれまで、「動物愛護精神」という倫理や道徳に支えられてきたが、将来的には経済合理性からその理念が達成される可能性も浮上してきたというわけだ。
なお人工知能以前にも、クルエルティフリーを達成するためのテクノロジー開発は続けられてきた。代表的なのは、「人工皮膚」の開発である。ロレアルは、2015年にバイオプリント企業・オルガノヴォと提携。製品テストのためのいわゆる3Dプリントの人工皮膚を、大量生産する体制を確保している。英企業・XcellR8も、化粧品業界向けに人工皮膚を開発。動物実験の代替案として活用できるよう研究に尽力している。
この流れからいえば今後、「人工知能×人工皮膚」という観点も非常に有効となるかもしれない。人工皮膚を使って得られた試験結果をデータベース化すれば、人工知能の学習効率を高められるからだ。各企業がデータの共有に賛同するか否かは定かではないが、テスト結果を記録するためにブロックチェーンなど最新テクノロジーを利用するという手もある。改ざんが不可能なプラットフォームにデータが残れば、安全性をより確実に担保できるようになるだろう。
消費者が手にすることができる情報が増えるにつれ、企業の倫理・道徳、社会への貢献性がシビアに問われる時代になった。クルエルティフリーに関しても同様であり、進行中の法規制やマーケティング的な動向からみても、各企業にとっては抜き差しならない問題となりつつある。幸運なことに、動物実験を行なわずして製品開発を可能にするテクノロジーは、続々と登場し始めている。それらのうち、どのような組み合わせがもっとも有効かつ経済的か。美容業界は、クルエルティフリーを経営視点からも精査していく必要がある。
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※本記事はBeautyTech.jp掲載の『先端テクノロジーがもたらす「動物実験がなくなる日』」」を改題・再編集したものです。