ロボット工業会・矢内重章氏に聞く「日本のロボット産業の現状と課題」

河鐘基2015年11月5日(木曜日)

 国内および海外の大企業が相次いで進出しているロボット産業。欧米、アジアの主要国も、国家的かつ積極的な後押しを表明しており、今後、グローバル市場における覇権争いは混迷を極めることが予想される。そんななか、日本のロボット産業の現状はどうなのか。また、これから先の未来はどうなるのだろうか。その疑問に答えるため、ロボティア編集部では日本のロボット分野の専門家たちにインタビューを敢行。今回は、ロボット工業会(JARA)総務部長・矢内重章氏に話を聞いた。

以下、インタビュー

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 ここ数年、安部首相の肝いりでロボット革命実現会議などが設置されるなど、東京五輪が行われる2020年に向けて、ロボットを社会的に広く普及させていくために具体的なアクションが進んでいるように見えます。なぜ、現在ロボットが注目を集めているのでしょうか?

 なぜ政府がロボット産業に力を入れようとしているかというと、背景には日本が抱えている社会的課題があります。なかでも大きな問題は、少子高齢化による労働力の減少です。例えば、高度経済成長期に建てたインフラの老朽化が問題となりつつあります。これからスクラップ&ビルドしようとしても、現在の国の財政は難しい状況にある。次善策としてメンテナンスをしっかりやろうという方針があるのですが、人口が減っていくなかでメンテナンス人材を抱えるのも簡単ではありません。

 また一例では、少子高齢化により農業や漁業の衰退も著しいですよね。これまで農業の現場は、労働力減少を中国からの研修生を呼び込むことで解決しようともしました。ただし、中国も経済発展を遂げ事情が変わってきている。現在では、農家が派遣会社から派遣される人たちの手を借りて、収穫期や繁忙期を乗り越えているという例もあります。

 森林保護なども日本の社会的課題のひとつでしょう。日本は森林が国土の6割。人工的に植えた木は流されやすく、間引きを丁寧にしないと山が荒れる。災害時には、被害が大きくなる要因にもなります。

 これらの問題以外のあらゆる問題が、少子高齢化による労働力の減少と密接な関係にあるのですが、解決策としては大きくふたつが考えられます。ひとつは、外国から労働力を呼び込むこと、そしてもうひとつがロボット導入による自動化です。

kuka
KUKAの産業用ロボット photo by KUKA.com

 外国から多くの移民や労働力を受け入れるとなると、国内世論は割れる可能性が考えられます。一方で、ロボット普及に関しては摩擦が少ないような気がしますが。

 そうですね。日本が抱える社会的課題の解決にはロボット技術が必要だということについて、わたしどもは前々から伝えてきたのですが、ここにきて必要性が増してきたという印象です。加えて、経済を支えるビジネスとしても成長の可能性が大きい。

 最近、米大手IT企業をはじめ、世界の名だたる企業がロボット分野への投資を加速させています。その背景についてどう分析されていますか

 ロボットの発達というのは、コンピューターの発展そのものと言っても過言ではありません。いわゆるハードというのは作業を具体化するためのツールで、重要なのはロボットの頭脳となるコンピューターの性能です。

 同様にロボットを制御するためのソフトウェアも重要になる。アメリカのIT企業がロボット事業への参入を次々と表明していますが、これはソフトウェアやコンピューターの性能技術を集積してきたことが、ロボット分野に進出するアドバンテージになっているのではないかと思われます。そもそも、ソフトウェアや人工知能の開発は、アメリカの得意分野でもあります。

日本はロボット大国と言われていますが、その点について具体的にお聞きしたいと思います。日本はどのロボット分野において、国際的に競争力もしくは技術力が高いのでしょうか

 日本の場合は、産業用ロボット分野で強さを誇っています。産業用ロボットというのは、塗装や板金など工場で使うロボットを指します。欧米にもABB(スイス)やKUKA(ドイツ)など有名企業がありますが、日本にはファナックや安川電機など競争力や技術力を誇る企業が多い。ただし、日本の産業用ロボット業界メーカーの中には、事業の選択と集中を通じ、当該分野から撤退したところもあり、強みを持った企業が残っているという風に考えた方がよいかもしれません。

 例えば、スポット溶接をする産業用ロボットだと、ファナック、安川電機、川崎重工業、不二越が有名ですが、この4社以外ほとんど作っていません。現在残っている4社は、これまで大手企業と関係を持ちながら、現場のニーズを聞いて、常に技術を洗練させてきたという過去があります。逆に、そうでない企業は淘汰されたということです。

ウェイトレスロボット
photo by xinhuanet

 日本の強みである産業用ロボット分野の今後の課題は?

 大きくはふたつではないないでしょうか。ひとつは海外への販路拡大、もうひとつは国内需要の掘り起こしです。特に日本国内において需要を広げるのは重要な課題になるかもしれません。現在、日本の産業用ロボットの顧客の7割は海外。国内では、産業全体がほとんど一部の自動車企業や電気・電子企業系の大企業に依存して成り立っている状況です。

 大手自動車企業や電気・電子企業といえども、年間に作る商品数は決まっていますよね。それに、一度、設備投資をしてしまえば数年は需要がなくなります。それよりも、国内で9割を占める中小企業や、三品市場(食品、医薬品、化粧品)の需要を掘り起こすことが必要になってくると思います。

 近年、一般の人たちが生活の中で使う、いわゆるサービス用ロボットの開発が世界中で話題になっています。日本ではどのような動きがあるのでしょうか。また、サービス用ロボットのビジネスを成功させるために必要なことは何だと考えられますか?

 現在、各企業がサービス用ロボットの開発に乗り出しています。また、ソニー、富士通、三菱重工の3社が中心となってロボット・サービス・イニシアチブ(RSI)という団体などを発足した経緯があります。

 これまで、いくつかの企業が、いわゆるコミュニケーションロボットなどを開発しましたが、多くが撤退を余儀なくされています。理由としては、コスト&ベネフィットの問題もあるのですが、さらに大きな要因としてはキラーアプリの不在が問題となりました。

 例えば、掃除ロボットなどは掃除をするという機能やアプリケーションに特化していますよね。言い換えれば、特定の用途にあった商品を開発して、使い道をはっきりさせないとビジネス的に厳しいのではないかと思います。最近話題のドローンも、ここ数年はホビー用として売り出されている傾向が強い。今後、産業用とホビー用にしっかりと区分されてくると思いますし、警備用ですとか、自然保護用ですとか、用途に沿った商品の開発が必要になってくると思いますよ。

 そもそも、ロボットが何でもできるという風に考えるのは間違いです。ビジネスにしていこうと考えたら、なおさら目的を特化して作る必要があります。例えば、産業用ロボットもほとんどが塗装や溶接など特化した形になっている。汎用ロボットもあるのですが、最終的に企業に納品する時には個別の条件に合ったソフトウェアがセットになっています。

ビジネスとロボット
photo by innoecho.com

 ロボットの販売についてはビジネスモデルも重要になってくると思うのですが、いかがでしょうか

 さきほど話したように分野を特化して、個別にしっかりとビジネスモデルを作る必要があるでしょう。例えば、売ろうとしているロボットは売り切りなのか、レンタルなのか、リースなのか、そういう細かい部分まで戦略として練る必要があります。

 1980年代に、農業分野で新しい農機具が開発された時の話は教訓になるかと思います。過去に農業分野で失敗したのは、高い農機具、例えば田植機とか稲刈り機とか、コンバインを農家に購入させてしまったという点です。農家がそれらの機械を使うのは、1年のうちに数日です。高価な器具を購入した結果、農家が疲弊してしまった。本来であれば、農協などが購入してそれを農家がレンタルしたほうが、持続可能なビジネスモデルになったのではないかと思います。

 ロボットで言えば介護系ロボットがそうで、実際すでにほとんどレンタルやリースになっています。購入したとしても何十年も使わないので、利用者としてもレンタルの方に需要がある。今後ロボット産業が発展するためには、ビジネスモデルを個別に構築することが欠かせないでしょう。

海外では産業用ロボットで注目されているデンマークの企業ユニバーサル・ロボットなど、ベンチャー企業に勢いがありそうです。日本では同じような動きがあるのでしょうか。

 わたしどもも、ロボット分野における日本国内のベンチャー企業の活躍についてはそれほど話を聞きません。そもそも日本の場合は、ベンチャーマインドが高くありません。これは、起業家側の気概の問題もあるのですが、社会全体にリスクを負わない風土がある。このリスクを負うというのは、何も無謀な危険を冒すという意味ではありません。デメリットを勘案した上で、メリットに積極的になるという意味です。

 日本のロボット業界で言えば、産業用ロボットで評価が高い安川電機が運動機能海部訓練ロボットを作って売り込みましたが、業界的にあまり受け入れられなかった。分野が違うと知名度も異なりますし、仕方ないことなのかも知れませんが……。いわゆる大企業であってもそうなのに、ベンチャー企業がロボットを商品化して参入するとなるとかなり大変ですよね。ロボット産業の活力は、そういう社会的風土にも左右されるかもしれません。

MIT
photo by MIT HP

 現在、ロボットや人工知能分野では、やはり米国が強いのではないかという印象ですが、どう分析されていますか

 特に人工知能分野におけるアメリカの強さは、世界中から人材を集められるという点に起因するかと思います。9月にトヨタが無人自動車開発に注力するという報道がありましたが、スタンフォードやMITに投資するとしていますよね。これは日本の大学や研究団体に投資をしたくない訳じゃないと思いますよ。単純に人材が不足しているんです。

 日本の場合、ハード開発の面ではかなりレベルが高いのですが、ソフトウェアに関しては研究環境が米国ほど整っていないと言えます。個人的に優れている研究者は多いと思いますが、国際競争力で考えるとそれほど強くありません。

 日本の研究環境が弱いというご指摘ですが、研究資金やスポンサーの問題とも関連があるのでしょうか。

 その点は否めないと思いますよ。米国はご存知の通り、軍が研究開発のスポンサーになっています。過去にインターネットや電子レンジを開発し、最近では災害用ロボットにも力を入れている国防省傘下のDARPAなどが分かりやすい例でしょう。

 アメリカはあちこちの大学に研究費を支給しています。ドローン、UGV、遠隔操作技術、宇宙工学など、軍事研究からの転用やデュアルユース目的で開発された技術を挙げていけば枚挙に暇がない。ルンバもそうですよね。爆弾処理用ロボットとか偵察用ロボットで得た資本と技術を使用して、民生用に掃除ロボットを開発し成功したよい例となると思います。

 日本の場合、軍から企業・研究機関に膨大に研究費が下りてくるということはないと思いますが、国家単位でロボット産業をどう成長させるかという議論は必要になってくるかと思います。さきほど話したような現場でのビジネスモデル構築、そして大きな枠組みの中での成長戦略。それらがうまくかみ合う必要があるでしょう。

河鐘基

記者:河鐘基


1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表。テクノロジーメディア「ロボティア」編集長・運営責任者。著書に『ドローンの衝撃』『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社)など。自社でアジア地域を中心とした海外テック動向の調査やメディア運営、コンテンツ制作全般を請け負うかたわら、『Forbes JAPAN』 『週刊SPA!』など各種メディアにテクノロジーから社会・政治問題まで幅広く寄稿している。