人工知能アシスタントは「ポスト・アプリ時代」の扉を開くか

ロボティア編集部2016年1月21日(木曜日)

「ポスト・アプリの時代が優勢となり始める」

 米IT専門コンサルティング企業ガートナー(Gartner)は、昨年10月にリリースしたレポートの中で、そのように指摘した。

 ニュースを探したり、旅行で観光地を検索したり、おいしい店をピックアップしたり、終電の時間を調べたりするあの“アプリ”が、徐々に力を失っていくというのだ。一方、2015年11月25日にニールセンが発表したニュースリリースによれば、日本のユーザーは、スマートフォン利用時間のうちの80%を、アプリ使用に費やしていることが明らかになった。その数字だけ見ると、まだまだアプリ全盛期は続くと思われるのだが……。ガートナーの指摘は一体、どういうことなのだろうか。

 ガートナーは、次の時代にやってくるのはスマートエージェント(知的エージェント)、しかも少数のそれが人々のモバイルの活動の大部分を占めることになり、「ポスト・アプリ」(Post-App)時代への扉を開くと説明している。ガートナーで責任研究員を務めるジェシカ・エクホルム(Jessica Ekholm)氏は言う。

「2020年には、アップル・シリ(Siri)のような仮想パーソナルアシスタント(VPA)などを中心に、少数のスマートエージェント(smart agent)がモバイル活動の40%を占め、多数のアプリが不要になる」

 なお定義としては、仮想パーソナルアシスタントや人工知能アシスタントは、スマートエージェントの一部に含まれると理解して間違いないようだ。スマートエージェントは、その他の形としてもありえる。入力された情報を知覚して一定の知的処理をほどこし、その結果をフィードバック(行動)するものは、スマートエージェントと呼ぶことができる。

 正確な例えかは分からないが、例えばオープンカーに乗っている時に雨が降ってきたとして、それを検知した人工知能が状況把握、車の屋根を自動で閉めたとする。これは、スマート“ソフトウェア”エージェントと呼ぶことができる。

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 現在すでに、世界ではスマートフォンに搭載されたスマートエージェントもしくは人工知能アシスタントの開発競争が過熱している。前述したアップル「Siri」、Google Now、マイクロソフト「コルタナ(Cortana)」、フェイスブック「M」などがその代表例となる。

 現在、それらの人工知能アシスタントは、ユーザーの質問に答えたり、命令に対してタスクを処理する。例えば、Siriに向かって「おしゃれな店」と話しかければ、位置情報サービスと連動した検索結果が返ってくる。また、「メール」と言えば、メール作成ページを開き「誰に送信しますか?」と、逆に人間に質問してくるという具合だ。

 音声認識技術など技術的な改善点は多い。話しかけても言葉が通じず、やきもきした経験がある人も多いだろう。使う人間側の習慣の問題もある。街中でスマートフォンやタブレットに向かって話しかけるというのは何だか気恥しい感じもするし、なかなか慣れない人も少なくないはずだ。

スマートフォンと会話

 ただそれらの問題は、時間が経過すれば解決するようにも見える。音声認識技術の向上は目を見張るものがあるし、一昔前に比べればかなり“聞き分けのよい”人工知能アシスタントが増えた。人間の習慣も一度使って便利となれば徐々に変わっていくはず。いずれアプリをいちいち開くより、利便性は高まるかもしれない。

 ただし、その段階でもガートナーが指摘するような「ポスト・アプリ時代」とするのは早計な気がする。ユーザー側にとっては、あくまで選択の問題で、スマートエージェントに検索を頼むか、使いなれたアプリを開くかの差でしかない。人間が指示を出してコンピューターが命令を処理するという根本的な点では共通している。

 個人的に思うに、もしポスト・アプリ時代が到来するとして、その重要な契機になるのは、スマートエージェントが“ユーザー以外”の環境から情報を集め、それをユーザーに“自動的”に提示しだした時ではないだろうか。言い換えれば、人間が命令・検索しなくても、スマートエージェントが情報を自動的に作れるだけの性能を兼ね備えたタイミングと言えそうである。

 例えば、仕事に忙殺されている、とあるユーザーがいたとしよう。そのユーザーには恋人がいるのだが、その彼氏・彼女の誕生日が明日に迫っている。人工知能アシスタントは、過去の検索履歴や行動履歴からそのことに感づいている。もしかしたら、SNSなどに投稿された親密な写真を分析して、ユーザーの恋人やその誕生日を把握しているかもしれない。そして、恋人の誕生日をうっかり忘れていたユーザーに「明日は恋人の誕生日。プレゼントは必要ないですか?」と知らせる。しかも、スケジュール帳やメール履歴からユーザーの1日の行動パターンも把握しているので、「プレゼントの購入も近場で済ませる必要がある」と気を利かすかもしれない。人工知能アシスタントは次に、位置情報やウェブ上のデータから、ユーザーや恋人の趣味に合うショップをピックアップ。最適な情報を“自ら”提供する。

 この例はある程度、想像を飛躍させたものではある。が、現在、スマートフォンやPCには、ユーザーの人間関係、趣味、施行、健康状態、一日の行動パターンなどあらゆる情報が蓄積され続けている。それらを人工知能アシスタントが学習し、周囲の情報と連動させて、ユーザーに自動的に提示するようになるタイミングは、ここ数年のうちにきっと訪れるはずだ。

 実際、ガートナーは2020年にはそのような状況が来ると分析しているふしがある。レポート「Gartner Predicts 2016」のリリースには、次のような一文がある。

「仮想パーソナルアシスタント (VPA) や他のエージェントの形で、スマート・エージェント・テクノロジはクラウド型のニューラル・ネットワークとともにユーザーのコンテンツと挙動をモニタリングしてデータ・モデルを構築・管理することで、人やコンテンツ、状況などを推論するようになるでしょう。このような情報収集とモデル構築をベースに、VPAはユーザーのニーズを予測し、信頼を確立し、最終的にユーザーに代わって自発的に行動することが可能になります」

 また、人工知能アシスタント開発の当事者であるGoogleも、Google NowのHPに次のような見出しを付けている。

「一日の生活の中で必要な情報が、尋ねる前に自動的に表示されます」

ポストアプリ2
photo by mcelhearn.com

 現在の各社が開発する人工知能アシスタント、もしくはスマートエージェントの性能がどれほどのものなのかという解説については、他の詳しい記事に場を譲りたい。ただおそらくまだ、私たちがここで想像しているような気の利いた性能は持ち合わせていないだろう。それでも、開発関係者たちは今後、自ら積極的な情報配信を行ったり、またそれ以上の性能を人工知能アシスタントに持たせたいという願望を持っているはずだ。

 ちなみに現在、アプリはすでに飽和状態になって久しい。2016年1月の段階で、その数はAppStoreでは150万以上、Googleアンドロイドでは100万以上と推定されている。いろいろな資料を見ていて興味深かかったのは、ユーザーひとりあたりが1日に使用するアプリの数は4~5個、並行してそれら少数のアプリに割く利用時間が増えているという点だ。ポスト・アプリうんぬんよりもまず、現時点での実態として、一極集中が進みほとんどのアプリは見向きもされていないというのが現状のようだ。

 なお、日本で無類の強みを見せているのは、「LINE」「Twitter」「Facebook」などコミュニケーション系アプリ。前述のニールセンの資料によれば、その3つだけでアプリ使用時間全体の24%ほどを占有している。

 ここからは想像だが、もしポスト・アプリの時代に突入したとして、まず壊滅の憂き目にあうのは、検索系、ニュース系、キュレーション系、スケジュール管理系などのアプリではないだろうか。それらは、前述したようにスマートエージェントに取って代わられる可能性が高い。

 一方で、コミュニケーション系や画像・動画編集系、ゲームなどのアプリは、まだしばらくは牙城を崩されないだろうと予想できる。理由は簡単で、それらはあくまで人間が主導権を握りたい分野のアプリだからだ。例えば、「○○さんに挨拶しときました!」とか「旅行の動画を編集しました!」「レベル上げときました」などと、自動=勝手にやられても迷惑なだけだ。

jiboイメージ
photo by youtube

 ガートナーの言う「ポスト・アプリ時代が優勢になる」という言葉の真意を汲み取るならば、2020年には「必要なアプリ」と「不要なアプリ」の境界線がよりはっきりと区別されてくるということではないだろうか。

 なお、これらはスマートフォン上だけの話であって、その他の要素も多分に検討しなければならないだろう。例えば、Jibo、ペッパーのようなソーシャルロボットが普及すれば、スマートフォン上でのコミュニケーション自体が減るかもしれない。ポスト・アプリならぬ、ポスト・スマートフォンだ。いずれにせよ、人間が1日に使える時間は有限。現在、強固な地位を築いているアプリとしても、油断できない時代が刻一刻と迫っていることだけは確かなようだ。