記憶のリンクが可能な日も目前か...先進国の脳工学への投資が過熱

ロボティア編集部2015年9月15日(火曜日)

米国の外交・安保専門メディア「フォーリンポリシー」(9月10日号)は、「脳が兵器化する」という特集記事を掲載。過去10年間に脳工学が収めた成果を評価しながらも、その裏に潜む脳工学の兵器化の可能性と、先進国の投資競争に焦点を当てた。また、それらを抑止する規範と規制の必要性を強調した。

現在、脳工学の分野は主に四肢麻痺者のリハビリを支援するなど、医学的な目的で研究が進んでいるが、先進国はすでに、脳工学の軍事的活用とその潜在性に焦点を定め、敵や味方の脳を操作・支配する目的のために研究を進めている同メディアは指摘している。

中性子の発見後、広島と長崎の上空で原子爆弾が爆発するまで13年しかかからなかった。脳工学の成果は現在、実験室や、特定の条件下に限られた段階だが、敵国やテロリストが人間の脳を操る神経工学技術を確保することに戦々恐々する日も近いかもしれない。

サウスカロライナ大学医学部の神経科学者トーマス・ナセラリスは、フォーリンポリシーに「(脳工学的に)心を読むのと同じような技術は、近いうちに確保されるだろう」とし「私たちが生来ている間には可能になるはず」と述べた。

おそらく皆の記憶にも新しいだろう。ブラジルワールドカップサッカー大会のオープニングセレモニーを引き受けたのは、下半身が完全に麻痺した29歳の青年ジュリアーノ・ピントだった。デューク大学の神経科学者ミゲル・ニコレリスが開発した脳 ― 機械接続技術(BMI)により、歩行する姿が世界的に放映され、その技術に賞賛の声が集まった。これは、ピントがボールを蹴ろうとする時に発生する脳波を頭の装置が読み取って、装着したロボットが動作するというものである。

デューク大学のミゲル・ニコレリスが今年「ブレインネット(brainet)」と名付け発表した脳工学の最新の技術は、神経の損傷を受け身体の一部が麻痺した患者と、健康な人の脳幹相互作用を通じて、麻痺患者のリハビリテーションを促進させることができる可能性を開いたとフォーリンポリシーは説明した。

またフォーリンポリシーは、脳工学が記憶を操作できる段階にあると指摘する。

例えば、ノーベル生理医学賞受賞者であるマサチューセッツ工科大学の利根川進が、2013年にラットに行った「偽りの記憶」の実験では、実際の衝撃を経験していなくても、その衝撃に伴う恐怖に麻痺するという結果が表れた。一方、それから2年後にスクリップス研究所で行われた実験では、ラットに化合物を与えて特定の記憶だけを削除することに成功している。特定の記憶除去技術は、心的外傷やストレス障害の治療の活用することができると言われている。

このような脳工学研究と実験は、様々な神経関連疾患の治療・予防という医学的目的のために行われているが、軍事的目的のためにも使用することができるとされる。例えば、アルツハイマー病や自閉症の診断のための脳注射の機械は、誰かが頭の中に隠した秘密を読むために発展させることができ、身体麻痺患者のためのロボット装置を動かすことができるBMI技術は、超人的な兵士を生み出すために使用することができる。また、精神退化を防ぐために設計された装置は、敵や味方に新しい記憶を植えたり、既存の記憶をなくすために使用できる。

ミゲル・ニコレリスのブレインネット技術や論理を極端に拡張すれば「二人以上の脳信号を統合したスーパー戦士を生み出すことができる」と、ペンシルバニア大学の生命倫理学者ジョナサン・モレノは主張する。外交と政治史に精通した人物の知識と、軍事戦略に精通した人物の知識、また米国防総省傘下の国防高等研究計画局(DARPA)の技術者のような人物の知識をすべて合わせた人が生まれるのを想像してみよというのだ。これは、まだ空想SF小説の世界のような話であるが、一部の専門家は「現実となるのは時間の問題」とみていると、フォーリンポリシーは伝えている。

米国防総省の先端科学研究・開発を牽引するDARPAは昨年、人間の衝動を検出して、それを抑制する挿入装置の開発に着手した。戦場から帰ってき退役軍人たちの薬物中毒やうつ病を治療しようとするものであるが、この種の技術が“武器化”して、悪意ある者の手に渡る状況はいくらでも想像できる。

米国は3年間数億ドルをかけるブレイン計画(BRAIN-革新的な脳工学を通じた脳研究の略称)を去る2013年に発足させている。参加した5つの機関のひとつである国立衛生研究所(NIH)は、今後12年間45億ドル(約5400億円)を投資する計画である。

欧州連合(EU)も、同年に開始した人間脳計画(HBP)に10年間で、13億4千万ドル(約1560億円)を投資する予定である。欧米の脳計画は、人間の脳の構造を把握し、脳神経の電子活動を読み取ることができる革新的なデバイスを生み出すことを目標としている。日本も昨年、「Brain / MINDS」として知られる同様の研究計画に着手した。

国家安全保障目的の脳工学研究については、こちらもやはり米国のDARPAが牽引している。2011年の年間予算30億ドル(3600億円)のうち、2億4千万ドル(約288億円)を脳工学分野の研究に割り当てた。ブレイン計画にもすでに2億2千500万ドル(約270億円)が投入された。インドも今年1月に、自国の国防研究開発機構(DRDO)をDARPA方式に改編すると発表した。ロシア国防省は昨年新しく作られた高等研究財団(FAR)に1億ドルを出資すると明らかにしている。
日本も2013年に、アメリカのDARPAを念頭に置いて同じような機関を作ると発表しており、欧州では2001年に「ヨーロッパ版DARPA」を作るという目的から、欧州防衛局(EDA)が設立された。

フォーリンポリシーは、核技術と同様に、脳工学技術も、平和と戦争、医療と武器の両側面で使用されるという点を懸念し、神経倫理学的な議論を通じて、生物化学兵器のように開発、生産、使用を規制する国際規範を整える必要性を強調している。既存の生物兵器禁止条約(BWC)を修正して、脳工学を同国際条約に含めるべきだと主張している。加えて、BWCに神経倫理学者たちが参加する科学委員会を設置し、政治家と政策立案者たちに脳工学に内在した危険性を熟知させる役割を果たさせるべきだとも指摘している。

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