ここ数年、世間から注目を集める人工知能(AI)。2017年以降には、さらなる飛躍が期待されている。人工知能技術のひとつであるディープラーニングは、画像・音声認識技術の開発に利用され、今年から商品として実用化される機会が増えるとも予想されているが、今後、そのディープランニングを超える技術は登場するのだろうか。
人工知能企業・ヌメンタ(Numenta)の共同創設者ジェフ・ホーキンス(Jeff Hawkins)氏は、海外メディアへの寄稿で「ディープラーニングに代表されるニューラルネットワークもすでに旧式だ」としている。ホーキンス氏らは、人間の脳と最も似ていると評価される人工知能であり、大脳新皮質をモデル化することを目標としたアルゴリズム「階層型時間メモリ(Hierarchical Temporal Memory 、以下HTM)」を研究している。
なお、ホーキンス氏は、スマートフォンの起源となったパームパイロットなどポータブルコンピュータの設計者としても知られる。2002年に、米カリフォルニア州レッドウッド神経科学研究所を設立し脳科学を渉猟した後、2005年に人工知能技術企業・ヌメンタを設立し、HTMを研究している。
ホーキンス氏は、人工知能の発展過程を3つの段階で区分する。それぞれ、「古典的人工知能(第1世代・AI 1.0)」、「人工ニューラルネットワーク」(第2世代・AI 2.0)、そして「生体神経回路網(生体ニューラルネットワーク」)」(第3世代・AI 3.0)だ。
ホーキンス氏によれば、古典的人工知能は、単純なコンピュータプログラムであり、文字解読、画像の中の物体認識などに使用されていたという。その後、「エキスパートシステム」が登場。これは、特定の分野の専門家が、問題を解決するための法則を入力し、コンピュータがその法則に基づいて演算を実行するというものだ。
例えば、医師が患者にいくつかの質問し、医学的処方を下すなどの作業に利用された。古典的人工知能は、そのように特定の問題に合わせて高度に洗練されたものだった。ホーキンス氏自身は、IBMの人工知能「ワトソン」も「古典的人工知能の現代版」と見なしている。
古典的人工知能は、いくつかの「明確に定義された問題」のみを解決することができる。一方で、自ら学習する能力や、個々の問題に最適化された解決策を提示するには限界があった。
その後、研究者たちが目を向けたのが人工ニューラルネットワークだった。人工ニューラルネットワークは、最近になって「ディープランニング」に発展した。ディープラーニングの利点は、高速・高性能コンピュータを接続し、膨大な量のデータを学習させることができる点にある。ディープラーニングは、画像分類や翻訳、迷惑メール分類などに優れた性能を示す。
ただ学習データが十分でない場合に、人工ニューラルネットワークは、優れた実力を発揮できない。データのパターンが相次いで変わるケースも苦手だ。ホーキンス氏は「基本的に人工ニューラルネットワークは、膨大な統計データセットからパターンを見つける洗練された“数学ツール”なだけである」と指摘する。
そこで、ホーキンス氏らはHTMの研究に重点を置く。ホーキンス氏によれば、人間の脳は、「SDRs」(稀分散表現=sparse distributed representations)方式で情報を再現する。皮質内のニューロンは、互いに複雑に接続されているが、私たちが何かを表示したり、思い出すとき(脳を使う時)活性化されているのはごく一部である。
そして、記憶は時系列的なパターンの連続である。人間は行動しながら学習する。従って、学習は後を絶たず、継続される。ニューロンも時空間的なパターンを覚えている。いくつかのものを捨てて、いくつかのものはすぐに思い浮かべられるようにできるよう位階を置く。人間のニューロンは、そのように単純なニューラルネットワークよりもはるかに複雑で精巧だ。
「単に一つのニューロンを模倣するだけは、知能を再現することはできない。このような過程を捨て、さらに人間の体に近いアプローチ方法を模索しなければならない」(ホーキンス氏)
ホーキンス氏はすべての理性的な機械を、SDRsシステムに基盤を置いて開発しなければならないと指摘する。そのシステムを模倣し、多層的な生体ニューラルネットワーク・HTMをつくったという。HTMは、時系列的な「ストリーミング」データを学習し、構造を把握、予測を行うことも可能だという。マシンラーニングとは異なり、類型化されていないデータでも持続して学習する「記憶装置」説明だ。
人間の脳は、自分の行動と注視対象を観察し、短期記憶を絶えず引き出しながら、これからどのようにすべきかを考える。このような特性をHTMが採用している点が、他の人工知能とは異なるというのが、ホーキンス氏の説明だ。
ホーキンス氏は現在、「人工知能という用語の使われ方が混乱している」という。マシンラーニングは、人工ニューラルネットワークやディープランニングで、データを学習するという点で、狭い意味での人工知能に近い。マシンラーニングのようにデータを学習するが、生体ニューラルネットワークにアプローチに立つ知能、つまりホーキンス氏らが開発する技術については、「機械知能」と呼びたいとしている。
ホーキンス氏は、今までの人工知能の両方の人間の脳とかけ離れており、より根本的に人間の脳の新皮質を模倣しなければならないと主張している。HTMは、人工知能のパラダイムを変える、次世代の技術としても注目されている。 IBMは、2015年に次世代コンピュータを開発するため、HTMをアルゴリズムとして応用できるか可能性を探る研究にも着手したという。ヌメンタは、そのアルゴリズムを公開したオープンソースプロジェクト「ヌピク(NuPIC)」を進めている。
photo by Numenta