AIが障害者雇用を推進させる...米国での医療費削減効果は約2兆円

大澤法子2017年2月23日(木曜日)

 近年、「人工知能(AI)の台頭により人間の職が奪われる」という考えが散見される。ところが、米トランプ政権が誕生する数日前、ルーダーマン家族協会(Ruderman Family Association)および米国の未来エネルギーを確保する団体(Securing America’s Future Energy = SAFE)を経て米政府に提出されたルーダーマン(Ruderman)白書は、自動運転車両が障害者にもたらす影響について述べるなかで、AIが障害者雇用の門戸を開くという意外な見解を提示した。

 障害者の能力に見合った職種が、将来AIによって代替される可能性の高い職種とほぼ重複する点を踏まえれば、にわかに信じ難い事実であろう。自動運転車両が普及すれば、障害者にとって交通機関の利用が容易くなる。

 そして、米国の障害者200万人の雇用機会の門戸が開かれ、最終的に年間190億米ドル(約2兆1470億円)の医療費等の削減へとつながるというのがルーダーマン白書の見解だ。それを実現するための大前提として、幅広い政治組織と積極的に対話を行い、自動運転車両および障害者関連の政策を照らし合わせながら新たな課題を設定することが必要であると説明している。

 米国の総人口の約20%を障害者が占めている。ルーダーマン白書では、米運輸省が2003年に実施した最新の輸送統計結果を基に、米国在住の障害者の交通利用状況に対する現状が露わにされた。

「輸送機関を必要としている状況であるにもかかわらず、利用が困難である人は1500万人。そのうち、障害者は600万人を超えている。これは障害者の雇用率や収入の低下の一因でもある」

 ルーダーマン白書の作成に関与したSAFEのCEO兼社長ロビー・ダイアモンド(Robbie Diamond)氏は、運動障害を抱えている自身の娘の介抱体験を通じて実感した、自動運転技術が障害者にもたらす影響について以下の通りコメントした。

「自動運転車両は産業革命以来、最も好ましい変化を社会にもたらし得る。もちろん、自動運転車両のメリットはエネルギー安全上のものに限定されない。先天性の障害をもってこの世に生を受けた方をはじめ、高齢者、軍人など、米国で暮らす何百人単位の障害者の生活の質の向上および雇用率の改善に貢献し得るだろう」(ロビー・ダイアモンド氏)

 さらに、米コンサルティング企業、ガートナー(Gartner)が顧客限定で公開したマーベリック研究(Maverick Research)によれば、音声認識やマシンビジョンなどの新技術が普及することで、障害者ひとりひとりの多様性が尊重されるとともに、それに応じた柔軟なワークスタイルに重きを置く文化が構築され、障害者の社会参加が促進され得るという。

 国連の専門機関である国際労働機関(ILO)が打ち出した予想データを基に、この10年以内において世界各国の障害者の職業的需要が増し、3億5000万人の障害者の就労を可能にする社会が実装されるという見解が示されている。未来における障害者の就労見込率は健常者の就労率と一致することから、実質上健常者と対等な立場で採用試験に臨むことが可能になるであろうと示唆している。

 もちろん、障害者の雇用事情については、国や企業の部署ごとに異なる。「職を奪う脅威としてのAIおよび自動化技術は、障害者が健常者と対等な雇用機会を得ることとは別次元の問題である」と、マーベリック研究に関与したメラニー・ローグ(Melanie Lougee)氏は言う。

 AIや自動化技術が普及すれば、特定の業界においてリモートワークの需要が高まる。そのうえ、イニシアチブの多様化が認められることで、障害者の資質が向上し、さらなる相乗効果を生む。たとえAIや自動化技術が原因で就労機会を失う破目になったとしても、逆にリモートワークが障害者にとっての成長因子となり得る可能性は十分あるというのがローグ氏の見解だ。なかでもカスタマーサービスリプレゼンタティブ顧客サービス担当者やクレーム処理の仕事は需要が高く、支援ツールを活用すれば、障害者にとっても比較的就労しやすい職種であるという。

 最新技術が障害者の手や足となり、その仕事人生を支えることが日常となれば、「障害」に対する定義が大きく変容することだろう。人間の限界と社会的障壁の間で存在していた「障害」という概念がなくなり、健常者と対等な雇用機会の創出へと結びつく可能性が高いと言える。

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大澤法子

記者:大澤法子


翻訳者・ライター。1983年、愛媛県生まれ。文学修士(言語学)。関心分野は認知言語学、言語処理。医療・介護分野におけるコミュニケーションに疑問を抱いており、ヘルスケアメディアを中心に活動中。人間同士のミスコミュニケーションに対するソリューションの担い手として、ロボット・VRなどがどのような役割を果たし得るかを中心に追及。

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