AIブームに沸く医療業界...韓国の実情に見る「人工知能への不安と責任問題」

ロボティア編集部2017年7月27日(木曜日)

 昨今の急速な技術の進歩により、医療現場で活用可能な人工知能(AI)の研究が世界中で進んでいる。韓国も人工知能の活用に積極的な国のひとつだ。

 仁川市にある総合病院、嘉泉大吉病院では昨年12月、韓国国内で初となるAI医療を取り入れた診療が行われた。

 病院側によると、導入しているのはIBM社の「ワトソン・フォー・オンコロジー(Watson for Oncology、以下ワトソン)」。昨年初めて診療した患者は以前に大腸がんと診断されており、腹腔鏡手術を受けていた。この事前データをワトソンに入力した結果、ワトソンが「抗がん剤治療が必要」と診断し、しかもただ抗がん剤治療を提案しただけでなく、患者に最も適した2種類の薬物療法を提案したのだという。なおこの診断結果は、もともと主治医たちが議論していた患者の治療方法と一致していたという。

 韓国では近年、ワトソンの導入が進み「人工知能」という単語をつけた病院名が増えている。先述した嘉泉大吉病院も「ワトソン人工知能 がんセンター」というがん専門クリニックを新たに建設中だ。

 また、大田市に位置する建陽大學校病院でも、今年4月から「人工知能がん診療所」としてワトソンの導入を開始された。同じく大邱市にある啓明大東山病院も、今年4月に「人工知能(AI)がんセンター」を開設している。

 しかし、人工知能を医療現場に導入することに関しては、世界的に賛否両論ある。実際に導入に積極的な韓国でさえ、その精度を不安視する声が少なくない。一部の医療関係者たちは、「ワトソンは主にアメリカ人のデータを基にしているため、韓国人に当てはまらない場合も少なくないのではないか」「病院がこぞって人工知能を掲げ、大々的に宣伝することで、患者がワトソンを過信しすぎないかが心配だ」と話している。

 加えて先月、米臨床癌学会(ASCO)が発表したワトソンを活用した治療成績も芳しくない。 大腸がんに対する医師の治療法とワトソンが診断した治療法が一致した確率は73%と比較的高かったのだが、転移性大腸がんや進行性胃癌などにおいてはそれぞれ40%、49%に止まった。今年初めにワトソンを導入した釜山大学病院が、病院名に「人工知能」という単語を使っていないのも、このような理由からだ。 釜山病院側は「人工知能という単語が、あたかも100%に近い診断精度を連想させる傾向があるため、当クリニックの名前には入れなかった」と説明した。

 いまや、医療現場において人工知能の活用例はさまざまだ。しかし、ここで一つ注目すべきなのは、「人工知能」としてあつかうべきなのか、「人工知能を搭載した医療機器」として扱うのかという区分の問題である。どこまでを人工知能とし、どこからを医療機器とするのか。明確に区別すべきだと専門家らは指摘する。

 韓国成均館医大内科 チャン・ドンギョン教授は、メディア取材に対して次のように話している。

「医療機器として管理されている人工知能搭載型の機器で不具合が発生した時、一次的責任は当然製造会社に問うことができる。また、未然に防げず患者に害を及ぼした場合には、医師もその責任を少なからず問われることになるだろう(中略)しかしこれが医療機器ではなく、人工知能であった場合はどうか。例えば、人工知能ソフトウェアの診断を参考に診察する医師は、人工知能が診断した意見を実際に活用するかどうかを最終的に決断し、その結果に対する全責任を負わなければならないだろう」

 韓国では昨年末、医療用ビッグデータ、人工知能を適用した医療機器に対する許可、また審査ガイドラインの草案を作成。使用目的別に医療機器に当たるかどうかを判断しようとしている。そこでは、疾病の診断、治療、予防、予測目的で診療記録、心電図、血圧、血液検査などの医療情報を分析診断する製品は医療機器に該当するとした一方、単に医療情報を検索する製品は医療機器とは認められないとした。

 例えば、症状や問診から病気の発生確率を予測するアルゴリズムや心電図を通じて不整脈を診断するソフトウェア、脳MRI映像を分析して異常のある部位を判別してくれるソフトウェアなどは医療機器に該当する。一方でワトソンは医学ジャーナル290種、医学教科書200冊をはじめ、1200万ページに達する専門資料を学習した人工知能だが、医療的判断に補助的な意見を提供するという点で医学参考書籍と同じ地位を持つものと解釈され、ひとまず医療機器には該当しないとして整理されている。とはいえば、医療機器かどうかを区別したところで、責任問題まで解決するわけではない。

 事実、このような人工知能を取り入れた医療機器が、医療現場の画像診断や情報解析のような領域で相当部分を担っている。しかし、今後ワトソンのような人工知能がいかに発展したとしても、人間の医師が医療現場からいなくなる未来は、いまはまだ想像しがたい。今後も人間と人工知能による協業モデルが現実的であり、人工知能の医療現場への進出が本格化する前に、責任の所在を前もって明確に定義する必要がある。

 医師たちの能力に対する不安要素もある。例えば、人工知能が本格的に導入された医療現場は「人工知能に依存しかねない」という指摘だ。人工知能との「協業」に慣れることによって、医師たちは次第に人工知能が提示する判断を無条件に受け入れるようになりやすく、自ら判断する専門家的能力の低下が懸念される。また普段から人工知能に頼るあまり、緊急時の対処能力が低下する恐れもある。

 一方、医療現場でのAI活用は、既存の症例・論文参照や画像認識を使った精密検査などの大量なデータを使った診断や、個人の経験や常識といった先入観を持たずに診断をおこなえることため、誤診防止に資すると評価されている側面もある。また、導入によって医師不足による地方と都市部の医療格差、医療費問題などの社会問題や、患者が受け待ち時間ストレスの緩和など、多方面で問題を解決してくれるとの期待も大きい。

 日本の成長戦略にとっても欠かせない領域となっているだけに、今後、世界の議論や法整備の行方も併せて見守りたい。

Photo by 嘉泉大吉病院