カンボジアで急成長を遂げている電子決済アプリ「Pi Pay」は、2017年6月にサービス提供開始して以来、カンボジア国内3500事業者が加入。アクティブユーザー数は約25万人となっている。国内銀行、マイクロファイナンスをはじめ、「Alipay」(アリペイ/支付宝)や「WeChatPay」(ウィーチャットペイ/微信支付)など海外決済アプリとも旺盛に提携を結んでいる同社。今回、チーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)を務めるPaul Freer氏に、カンボジアの経済環境やPi Payの今後について話を伺った。
Paul Freer氏のプロフィール
Pi Pay CCO/ Paul Freer氏英国・ロンドンの投資銀行に勤務後、1998年よりスタンダードチャータード銀行カンボジア支店の開業メンバーとして従事。2005年よりANZ Royal銀行で勤務。その後、ラオスに渡りPhongsavanh銀行の取締役として開業支援。2008年より日系企業マルハンがカンボジアで起ち上げた「マルハンジャパンバンク」の創業をジェネラルマネージャーとしてサポート。2017年よりPi Payにジョイン。
※太字:インタビュアー
-Paul氏は、もともと英国・ロンドンの投資銀行にお勤めだったと聞いております。その後も、ラオスをはじめ海外各国の実情について触れていらっしゃいます。カンボジアのビジネス環境はいかがでしょうか。
日本のような国と違い、カンボジア、特にプノンペンはまるで村のように皆が顔見知りです。私は1994年に初めてカンボジアを訪れましたが、私くらい滞在年数が長いと皆が知ってくれていて、自分のスキルや知識が最大限に発揮できるチャンスがある。投資家にとっても恩恵が大きい国でしょう。最近、日本人もたくさん訪れていますね。大きな理由のひとつに、「ドル建て経済」があるかと思います。近年は円安傾向にありますし、特に日本人投資家にとっては為替リスクのヘッジとして魅力的な国だと思います。また「パイオニア的環境」もカンボジアという国のビジネス環境の特徴です。良くも悪くも法律や制度が未成熟。ビジネスを開拓しようという人々にはハングリーさが求められます。なお、ビジネスをするにしても人口もそこまで多くはなく、購買力のある中間層もまだまだ発展途上。一方で人件費がとても安く、他国や他地域マーケットへのアクセスがあればビジネス的には非常に魅力的な国でしょう。
-Pi Payは電子決済プラットフォームとしてカンボジア国内で急成長を遂げています。競合はどこにあたるのでしょうか。
正確な数字はありませんが、比較するセグメントによって大きく変わってくると思います。国内決済の規模という意味では、我々よりも「Wing」や「TrueMoney」の方が大きいでしょう。しかし資本サイズでは私たちの方が大きいですし、認知度という意味では他社より抜きんでていると自負しています。
-銀行などは競合相手とはならないのでしょうか
銀行を競争相手としては見ていません。私たちは純粋に電子決済サービスに特化したプラットフォームであり、むしろ銀行とは積極的に提携を進めています。Alipay、WeChatPayとも提携を完了していますし、「UnionPay」(銀聯/ユニオンペイ)とも近々提携する予定です。Visa、MasterCardとも話を進めている。カンボジアの人々の金融包摂や、海外決済アプリとの連動は、各事業者や店舗にとってもいい話でしょう。私たちとしても、ユーザーにさらなる利便性をもたらすことができると考えています。
-他社と比較してPi Payの強みはどこにあると考えですか
まず我々はカンボジア資本の会社であるという点が大きい。カンボジア人は愛国意識が強いですからね。また、私たちの使用している決済システムはドイツ・ワイヤーカード社製ですが、これはPayPalでも採用されており性能が非常に高いものです。私たちの会社はまだまだ小さく、スタッフも360人ほどしかいない。しかし小さいが故にイノベーションに関わる決断に非常に迅速に対応できます。他社はサイズが大きく官僚的組織で、決断により時間がかかります。また70万人のフォロワーがいるFacebookなどSNSを利用したマーケティングにも強みがある。加えて、24時間対応のコールセンターを設置していたり、カンボジア中央銀行からライセンス認証を受けていることも顧客の信用につながっていると思います。
-今後、カンボジア国外への進出は考えていますか
まだまだ新しい業界で学習を続けている段階で、現時点ではあまり考えていません。しかし、将来的にどこかで可能性を模索するかもしれません。開業から短期間の間に、たくさんのデータやノウハウが溜まってきています。海外進出前に、まずそれらのデータの検証を重ねていきたい。一方で、現在は国外の銀行との提携を視野に入れている状況で、例えば、数か月間の間にタイの主要銀行との提携サービスを開始する予定です。それによって、カンボジア国内からタイの個人銀行口座に、安価な手数料でバーツでの送金ができるようになります。5000バーツをタイのチェンマイの友人に送金したい場合、旧来の銀行送金では20~25ドル程かかっていた。それを、電話番号と名前入力だけで5ドル程の手数料で送金できるようにしたいと。逆にタイからカンボジア国内に送金できるようにもしていきたいですね。こちらは早急に実現させたいですが、タイ当局の規制がカンボジア国内と違うため調整に時間がかかっています。将来的には、このアウトバウンド・インバウンド双方向の枠組みを、タイだけでなくフィリピンやミャンマーなど他の国にも広げて行きたいです。
―Pi Payの快進撃にはディスカウント戦略が多大な影響をもたらしていると思いますが、こちらはかなり力を入れてらっしゃるのでしょうか。
ディスカウントはもちろん戦略です。好奇心からだけでは、なかなか使ってもらえませんからね。ディスカントは、サービスに登録してもらう「インセンティブ」と言えるでしょう。日本でも「PayPay」がやっていることを見れば明白ですよね。そこにあまり難しい理屈はなく、やはりプラットフォームにユーザーを引き込むには必要なことです。ただ25万人のユーザーを獲得した現在、私たちとしては事業者へのアプローチを強化しています。ユーザーに魅力的な価格を提供してもらう代わりに、25万人のユーザーに対して私たちのFacebookプラットフォームや、アプリ内広告、プロモーション展開などで事業者のマーケティングをサポートしています。前回、イオンモールで「Pi Pay Day」というイベントを行った際、ほとんどの店舗はガラガラでした。しかしPi Pay導入店舗には長い列ができていて、我々が持つ集客力や可能性を認知してもらえたと感じています。
―Pi Payのサービス拡充計画についていくつか教えていただけますでしょうか。
3月14日以降、新しいバージョンをリリースしますが、今回のアップデートではユーザーのロイヤリティを高めるシステムを導入します。将来的にはARを使うことも考えています。例えば、ピザ店でパPi Payのアプリを起動するとピザのスライスが出現する。各支店を廻り何枚か集めると、無料のピザが実際にもらえるといった具合です。いわゆる「ゲーミフィケーション」と呼ばれるアプローチですね。子供たちにも楽しんでPi Payを使ってもらいたい。ARやピザはほんの一例で、他にもいろいろなアイデアを考えています。ディスカウントによるロイヤリティから、ゲーミフィケーションなどより興味をそそるロイヤリティへと移行できるように策を検討中です。
-最後にカンボジアの国の人々の印象をお聞かせください。
一般論で語るのは非常に難しいですが、他地域や他国の人々と比べると非常に穏やかで親切な人たちが多い印象です。外国人に対しても偏見がありません。ラオスに居た時はそうではなく、外国人だからと奇異の目で見られることが多く、人々の警戒心も非常に強かったです。カンボジアの人々は、学びや仕事に対する意欲も強い。向上心のある若者が多く、富や名声を求めるだけでなく、社会的に正しいことをしたいという風潮が強いというのも特徴でしょうか。日本のサッカーサポーターが試合後にスタジアムのゴミを掃除して称賛を受けていますが、カンボジアでも最近全く同じ現象が起きています。その運動を主催している人達は非常に影響力がありFacebookにも多くのフォロワーがいます。ネガティブな点を挙げるとすれば、教育です。これは、教育が不十分というだけでなく、画一的な教育なため自分で考えるたり、クリエイティブさに欠ける面があります。とはいえ、まだまだこれから成長する国ですので将来が楽しみです。Pi Payとしても、電子決済サービスを通じて社会の利便性や生産性向上に寄与していきたいと考えています。
-本日はありがとうございました
(取材:河原良治/天沢燎)