カンボジアやインドなどアジアを中心に、農家向けの「フィンテック&アグテックサービス」を提供するアグリバディ(AGRIBUDDY)。同社では、テクノロジーを使って途上国の各農家のデータを収集・可視化しつつ金融機関と連動させる仕組みを構築。農家が、融資を受けられやすくなる環境を整えている。最終的な目標は、途上国の農家の生活を守るための金融&保険インフラを生み出すことだ。今回、CEOを務める北浦健伍氏に、アグリバディが注力しているカンボジアの状況をお伺いした。
■北浦健伍氏プロフィール
AGRIBUDDY Ltd. 最高経営責任者。1971年、大阪府生まれ・カンボジア在住。中学卒業と同時に渡米し、カリフォルニア州アナハイムのウエスタン・ハイスクールに転入。帰国後、消費者金融会社経営などを経て2010年よりカンボジアに移住。2015年1月にAGRIBUDDYを設立
※太字:インタビュアー 写真提供:AGRIBUDDY
-北浦氏がカンボジアに来られて約10年が経過しようとしています。現地の農業の状況はどう変化してきたのでしょうか。
まず牛農家が減りましたね。牛農家の代わりにトラクターの数が増えました。カンボジアは“金融天国”のような状況になりつつありますが、トラクターなども資金を融資してバンバン売り始めている。
カンボジアのその状況は良し悪しあると思いますが、農家がしっかりと融資を受けられる環境が整うことは非常に重要だと思います。世の中にアグテック系と呼ばれるさまざまなサービスはありますが、すごく良いテクノロジーや肥料があったとしても、それを買うお金がなかったら使えませんし、知識がなければ導入できません。一番の問題はモノがないことではなくて、それを導入するためのお金と能力がないということだと個人的に思っています。トラクターであれ、新しい機械であれ、そこに投資するだけのお金があればいくらでも導入できるわけじゃないですか。それがそもそもアグリバディを始めた発想のベースでもありますが。世の中の天才たちが色んな良い物をつくっている。「だけどそれどうやって売るの?」という。「売る相手が貧しくて売れないという現状」を変えていかなければならないと思っています。
-アグリバディはアグテックとフィンテックを組み合わせたサービスのように感じます。途上国で農家向けのサービスを展開するにあたって、どのような課題がありますか。それはそのままアグリバディがビジネスを展開するモチベーションでもあると思いますが。
ファイナンスがなければ、不動産や家、車は買えません。さらに言えば、携帯電話もそう。日本では、みなiPhoneを使っていますが、携帯に通話料を乗せて払っているから実質的にはローンですよね。金融がなければ、実質的にモノは動かないんです。
ただローンを組むにあたって、当然ですが、金融機関は貸付が返ってくるかどうかを知らなければならない。例えば、日本に住んでいて、三菱商事に勤めていますといったらお金は貸しやすい。30歳、独身となったら大体給料もわかりますから。源泉徴収票や給与明細があればさらに詳しく把握できますし、三菱商事側が嘘の給与明細を書くこともありません。また「どこに住んでいますか?」と聞いて、「港区のとあるマンションです」となれば家賃がいくらかわかるし、借りたローンがいくらかすでに計算できるので、労力をかけずにその人の返済能力を知ることができるんです。
しかし東南アジアとなると、給与明細なんて適当に書いている場合もあるし、納税証明も出てこない。それでも、まだ会社勤めをしていれば、例えば「プノンペンの会社なら月300ドルくらいかな?」などと想像できる。それが農家の場合は誰も想像できません。
農家に直接聞くと「去年は5000ドル儲けた」とか、「10000ドル儲けた」とか言うのだけども、それが実際は儲けじゃなくて売り上げだったり、数字が正しいかどうか誰にも把握できない。だからお金を貸すにあたって、貸し手には判断のしようがないのです。
僕はいつも強調するんですが、金融機関と農家の人たちが考えている「信用」は根本的に違います。農家の人たち、もしくは一般の人たちが言う信用は、「嘘をついたことがない」「人を裏切ったことがない」「俺はずっとここに住んでいる」「皆顔見知りだ」などです。一方で、金融機関の信用は「いくら返してくれるか?」のがすべてです。ここに大きなギャップがある。僕たちはそこを埋められれば、農家がお金を借りられるようになるだろうと考えた。そして農家がお金を借りられるようになれば、今まで彼らが欲しくても買えなかったような機材が買え、農業の生産性が上がるだろうというのがそもそものスタートなのです。
売る商品はたくさんある、買いたい物もたくさんある、お金を貸す人もたくさんいる。でも現実には、お金を貸す人は農家に貸せない、農家はお金を借りられないから物が買えない、売る人達も農家にお金がないから売れない、という状況を僕らが解消しようということが事業を開始した経緯かつ発端なんです。
―実際にサービスを展開しようとした際に、カンボジアを選んだ理由はどこにあるのでしょうか?
2009年頃、東南アジアを旅して、最初カンボジアが良いなと思いました。ただ、思い込みの可能性もあったので、他の東南アジア圏もぐるっと回ることにしたんです。それでも、最後にやっぱり面白いなと思ったのが、カンボジアとミャンマー。ミャンマーは軍事政権がなくなれば伸びていくと思いましたが、それがいつになるかは分かりません。一方、カンボジアは軍事政権もないし、戦争もない。もう伸びるしかないという状況だったので、何かをやってみようと考えました。もともと、戦後の焼け野原に近いような場所で勝負してみたいという思いがあったし、自分たちのビジネスが人の役にも立つと考えたんです。
もうひとつは、自分は変わり者で、誰もやらないことで可能性のあることをやってみたいと考えていました。不動産業や旅行業などは、やられている方々がたくさんいる。そこで、誰も行かない僻地に行ってみることにしました。カンボジアは農業国だし誰も飢え死にしていない。貧しいけど、食べ物はたくさんある。ただ、素人目に見てもでたらめな所がたくさんありました。こもう少しまともにやったら、生産性が上がり、豊かになるのではないかと。そこで当初、自分たちでお金を集めて、日本的な農業を日本で出来ないくらいの規模でやってみることにしました。東京都の中央区と同じサイズの1000ヘクタールで試してみたんです。
-カンボジアで農業をやってみた結果はいかがでしたか?
大変でしたね、本当に。1000ヘクタールは、実際に行くとめちゃくちゃでかいんです。よくよく考えたら、東京ディズニーランドで50ヘクタールなんですね。現地にいったら自分の畑がどこまであるかなんて全く見えない。当然やる前に、国連やカンボジア政府から出ている様々な統計を見ながら、どれくらいのコストでどれくらいの生産量があるか計算する。農家に聞き込みもしましたが、なんぼ計算しても儲かるわけですよ。これは「おもろいなー」と思ってやってみたんですが…。まあ、費用は倍はかかるし、採れる量は半分だしという散々な結果でした。
じゃあなぜそうなるかと考えてみると、国連のデータですら出元が一緒だった。つまり、農家への聞き込み。データ自体が、国連の人たちが農村の人たちにヒアリングして、農村の人達はなんとなく聞かれた事をその日の気分で答えているだけというのが実態だったんです。例えばミャンマーの人口が6000万人いるとも国連は言っていましたが、数え間違いで5000万人でしたというようなこともありました。100人ならまだしも、人口で1000万人数え間違えるんだったら、農業のデータなんて推して知るべしじゃないですか。これは世界中の誰もが本当に僻地の詳しい数字などは把握できてないということなんです。
それともうひとは、不正。カンボジアでよく聞く不正は一通りやられました。ダンプに乗ってきた集団に泥棒されたこともありましたし、トラクターの部品を盗まれて人質にされたこともあります。
一方、当時は大体一人当たりの給料は3ドルくらい。我々は近隣の農村から人を集めて、700~1000人を雇用しました。一人では出来ないので、何人もマネージャーを雇っていました。そうすると、一人当たりの給料が上がってきた。しかも集まるのは老人ばかり。若者は都市に出稼ぎに出てしまっているわけです。
僕らからすると、カンボジアに来たのは誰かをやっつけに来たわけでもなくて、カンボジア人と一緒に豊かになろうという志を持ってきたのですが、カンボジア人の給料が上がると僕らが苦しくなるという構図が生まれる。なんだか、それは間違っているなと思い始めた。また、作業が遅ければ怒らなければならないという気持ちにもなりますが、実際の作業は40度を超す灼熱の気候で日陰もないなか、みんななんとか作業している。僕なんて1時間も立っていられません。そこで、仮にですが1日3ドルが6ドルになったところで別に誰も豊かになってないし、こちらが一方的に苦しくなっているだけです。「違うな」という疑問がさらに深まった。
翻って、僕が1000ヘクタールの畑を出来たのは、カンボジア人よりお金を持っていたからという理由だけじゃないですか?別にカンボジアにとって新しいイノベーションを起こしたわけでも何でもない。これは日本人として、かっこよく誇れるようなビジネスではないなと。それよりも僕たちだけが気づいている、僕たちだけが本当の事を知っているとなれば、その方がインパクトは大きいなと思いました。
さらに自分のバックグランドが金融家だったこともあり、彼らの事が本当にわかれば、そこにファイナンスがつくと思いました。経験を通じて、みなお金がないのが分かっていましたから。そこで、ビジネスの方向をシフトして、プランテーションを運営していた会社からスピンオフさせたのがアグリバディ。そう意味では、自分が散々痛い目にあって出てきた発想をベースにつくった会社なのです。
―農業自体の話を少しさせてください。一般的に生産性とコストってバランスしていくものなのでしょうか?
はい。結局、今のところカンボジアではお金を使ってないんです。何もしていないに等しいから、あれは農業と呼ばないんですね。例えば、カンボジアの米の生産性は、1ヘクタール当たり2.5tから3t。ベトナムは6t。日本だと8tです。平均6tというのは、世界的にすごい訳でもなんでもなく、2.5tが著しく低すぎるだけ。理由はちゃんとした種を使っていない、肥料を入れていない、何の手入れもしていないというだけの話です。そこをクリアすれば、2.5tが5tになるのは難しくない。隣の国の平均より少ないですが、それでも生産性が倍になる。一方で達成までのコストは、2倍はかかりません。しかし、カンボジアの農家の考え方は今より1円でも高いならやらない、何故ならお金がないからという考え方になっている。
―インドでは、カンボジアと同じような形でサービスを展開されているのですか?なにか特有な違いなどは?
展開しているサービスは基本的には同じです。インドやミャンマーの方が、村の中のヒエラルキーが強い印象です。カンボジアは内戦で村のヒエラルキーが一度壊れてしまっている。一方、インドなどは何世代にもわたって村の長がいるというような状況が続いていますから。
―インドなどにおいては、機械化は進んでいるのでしょうか。
進んでいません。例えば、機械化はインドよりカンボジアの方が進んでいます。インドはまだ牛がほとんどで、トラクターもまだまだ少ないです。またカンボジアは米の収穫にハーベスターが結構入ってきていますが、インドはまだまだ手作業です。理由としては、カンボジアの方がお金を貸しているからだと思います。そうは言っても、カンボジアの農作物の価格競争力があるわけでありませんし、人件費もそれほど安くありません。
―香港やインドなど様々な拠点がありますが、今カンボジア・プノンペンにいる主な理由は何故でしょうか。また今後の見通しについて教えてください。
機械化はカンボジアの方が進んでいると言いましたが、インドは保険もそうですし、プライオリティー・レンディングという制度があって、各銀行の貸出のポートフォリオの何パーセントを農家に貸しなさいというのが決まっています。いろいろな政策があるが、それがまともに動いていないというのがインド。進んでいるが末端に行き渡っていないという状況です。
アグリバディの仕事は点と点を線で結ぶ仕事だと思っているのですが、カンボジアはそもそも点がありません。何もないのです。政府はそもそも何もしないし、保険商品も自分たちで手作り。そんな何もないところで作ったエッセンスを、インドやミャンマーに持って行くことができるだろうと考えています。
事業としても、まだまだインドよりカンボジアの方が大きい。カンボジアで色々動き出してシステムも出来てきて、試行錯誤してみて、頭で思い描いたものと実際にやれたものとはかなり違う。それを調整しながら、同じ間違いをしないようにしようにインドで進めていこうと。ミャンマーには、今年から進出しようと考えています。
僕は外国人で、いろいろ偉そうなことを言っていますが、実際は何もできません。農家とも話せないし、彼らの気分を持ち上げることも出来ない。行ってニコニコしているだけです。言い換えれば、僕らが話している「こんな世界ができたら良いな」というコンセプトを、本気で信じて動いてくれる現地の人がいないと何もできないのです。
それが、カンボジアではチームが徐々に出来てきている。これは僕がチームをつくったわけでなく、彼らがつくったんです。インドも同じで、僕のアイデアに「それいいね」と言ってくれる人がいたとしても、本気でチームをつくる人間がいないとできません。そういうなかで、トップを張ってチームをつくってくれる人物がようやく去年見つかったので、インドもようやく動き出した段階です。ミャンマーに行く際もそこか課題です。パートナーになるような企業はいるし、ミャンマーに行くといったらお金を出しますというところもある。一方で、農家にも求められています。ですが、本当にそこで根を張ってアグリバディのビジネスで本気で農村の生活を変えようというモチベーションを持ってくれる人、また動いてくれる人がいないと、絶対にワークしません。人とチームをつくるのが、一番の課題になっています。
(取材/写真 河原良治・天沢燎)
※アグリバディの活動についてはこちらも参照