アジアベンチャーの聖地・シンガポールで聞いたスタートアップの課題と日本人へのメッセージ

ロボティア編集部
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REAPRAの投資チームを率いるプリシラ・ハン氏

旺盛な産学官連携も、スタートアップエコシステムを支える要因のひとつだ。シンガポール国立大学やシンガポールメディア開発庁などが共同運営する「Plug-in@Blk71」のようなインキュベーション施設、またシンガポール金融管理局(MAS)とシンガポール銀行連盟(ABS)が共同で主催する「シンガポール・フィンテック・フェスティバル」などのテックイベントはその一例となる。

ただ起業家たちと現場で向き合う前出のハン氏は、シンガポールのスタートアップエコシステムにも課題があると話す。そのうちのひとつが、起業家たちが持つイノベーションやビジネスに対するスタンスの問題だ。

「シンガポールでは、多くの起業家が早く結果を得ようと焦っているようにも思います。というのも、各起業家がそれぞれのゴールに到達するのには、100通り以上のやり方があると私は考えています。そのなかには時間がかかるやり方も、短期間で成果を収めようとするやり方もありますが、後者を選びたがる起業家が多い。しかしながら、彼らの事業領域やビジネスモデルにおいて成功を収めるには、その方法が必ずしも適していない場合もあります。急ぎすぎるがゆえに企業が短命で終わってしまうというケースが非常に多いのです。特にミレニアル世代の起業家は、お金や結果を急ぎすぎることで損をしてしまっていることが多いように見受けられます」

順風満帆に見えるシンガポールのベンチャー事情。日本でもシンガポールをフィーチャーする報道は多いが、実際にビジネスやイノベーションを創出するのは人間だ。ハン氏はシンガポールを担う次世代の起業家たちにとって、「忍耐力」はひとつの課題になると考えているという。

「シンガポールに限って言えば、若い世代はとても恵まれた環境で育っています。人生の大半が安定していて、特に大きな問題を抱えたことがありません。つまり、すべてが簡単に手に入ると思う傾向が強いのです。この考え方は、将来的にシンガポールに困難をもたらしうるのではないかと個人的に思っています」

社会に課題が多く山積しているからこそ、東南アジアベンチャーには大きな可能性が秘められている。しかしながら、課題を感じ取る能力が起業家の中から失われてしまえばどうか。ハン氏の指摘からは、人材の共感力というフィルターを通じたシンガポールベンチャーエコシステムの課題が透けて見えてくる。

シンガポールのベンチャー事情をよく知るハン氏は、日本の状況をどう見るのか。日本経済を取り巻く話題はネガティブなものが多いが、ハン氏の意見は逆だ。

「日本は東南アジアとは異なり、色々な社会課題に直面している課題先進国。しかし、他国の人々は、日本人自身が日本を見るよりも日本をポジティブに見ています。少なくとも、私や私の周囲の人たちは、日本のマーケットがこのまま衰退していくとは考えていません。日本は魅力的な場所が多く、食事もおいしい。人々もとてもユニークです」

日本は課題先進国であるからこそ、さまざまなビジネスチャンスがあるはずだとハン氏は言う。一方で、実際に日本人と接しながら共通した印象を受けるとも。それは「将来に対して悲観的」ということだ。気持ちの問題と言ってしまえばそれまでだろう。しかし、モノゴトの成否は“気持ち”や“心の持ちよう”に左右されることが多い。日本、もしくは世界にはいくらでもチャンスは転がっているのに、多くの日本人は将来を憂慮するあまり自信がないようにも映る。ハン氏はそのことをとても不思議に感じるそうだ。

「日本の方々と話すと、自分の将来を心配している方が多いという印象を受けます。彼らにはガラスの天井が存在していて、みな『日本から出たい』と言います。なぜか自分に限界を感じていて、自己評価も低いことがとても奇妙に感じられます。しかも、まだ若い人たちばかりなのに。以前に日本の学生をシンガポールに招いてスタートアップについて学ぶ機会を提供した時、30人くらいの学生に『将来、起業家になりたい人は?』と聞くと、1人しか手を挙げなかったことがあります。『両親に反対される』『資金を得ることができない』などが、その理由でした。もちろん起業が最良の選択というわけではありません。それでも、卒業前に自分の限界を決めてしまっている傾向があり、非常に残念なことだと感じました」