AI技術を利用した中国の医療プラットフォーム「平安グッドドクター」とは

ロボティア編集部2019年1月9日(水曜日)

今、AI(人工知能)分野でもっとも期待されているのが医療やヘルスケア分野での活用だ。中でもAI技術を利用した医療プラットフォームで注目を集めているのが中国の「平安グッドドクター」。設立3年で2億人のユーザーを抱えるまでに成長した。サービス内容やビジネスモデルに迫る。

2018年7月に開催された法人向けテック展示会「ソフトバンクワールド 2018」の基調講演で孫正義代表とともにゲストスピーカーとして登場したのが、世界中から注目を集める中国医療プラットフォーム「平安グッドドクター」(Ping An Good Doctor/中国名:平安好医生)、以下、平安GDのCEO・王濤氏だ。ソフトバンク・ビジョン・ファンドは2018年1月、同社に4億ドルを出資したと伝えられている。

「過去3年間で、中国全土で平安GDは3億以上の診察をオンラインで提供した。さらに毎日の診察件数は37万件を超えている」

王氏は壇上でこう述べている。孫氏も「世界一進んでいる」と称賛する同社のサービスは主にスマートフォンのアプリで提供される。ユーザーはアプリを立ち上げ、症状をチャットや通話、テレビ電話で医師に伝える。診断後に診断書がオンラインで届き、病院での治療が必要ならそのまま予約に進む。投薬で治りそうなら処方箋が発行され、都市部の場合1時間以内に薬を届けてくれる。一連のエクスペリエンスはAIによって最適化され、短時間で正確な診断を導くことを可能にしている。

平安GDの中核となる「AIファミリードクター」は従来の病院の5倍の患者を処理でき、1日37万件の診察という驚異的な成果を上げているのだ。7月現在、平安GDのユーザー数は2億人を越え、提携する病院・医療機関は5000件以上、薬局1万店以上、提携医師は2万人以上にのぼる。

オンライン上で健康相談から診察予約、服薬までワンストップで行うサービスは世界で前例がなく、この分野で中国は最先端を行く。三甲医院(地域の大病院)の前に診察予約整理券のダフ屋が並び、処方薬の受け取りにも長蛇の列ができるこの国で、いかに画期的なサービスであるか、我々でも容易に理解できるだろう。

中国の医療プラットフォームは平安GDがトップシェアを誇っているが、ほかにも「We Doctor(微医)」「春雨医生」「杏仁医生」などがあり、群雄割拠の状態となっている。テンセントが出資するWe Doctorはユーザーが1億6000万人と平安DGに迫っており、近日中に香港市場に上場するとも伝えられている。

現在のところは、親会社の平安保険グループの共通アカウント「一帳通」(保険・金融・決済サービス連携)が利用できる平安GDにアドバンテージがあるが、We Doctorもテンセント系のWeCaht(微信)やWeChat Pay(微信支付)など中国ですでに強大なインフラを持つだけに今後、平安GDを凌ぐ可能性もある。

では、実際の使い勝手はどうなのだろう。このアプリを利用している中国在住の日本人に聞いてみた。

「都市部に住む、小さい子供のいる親や、高齢な両親のいる人はみんな利用しているはずだ。やはり24時間、いつでも健康相談できるのが便利。この前も、深夜急に子供が嘔吐したのでオンラインで問診してもらい、翌朝すぐに病院で診てもらうことができた。ただ、多くの人は病院の診察予約を取るためだけにこのアプリを使っている傾向もある。以前は病院で3時間以上待たされるのが当たり前だったのでこの点だけでも素晴らしい。ただアプリからヘルスケア用品が買えるECサイトは売り切れが多く、届くのに時間もかかり現在は使用していない」(広州在住の日本人女性)

「中国の地方都市に住む中国人の義母はよく利用している。問診には有料と無料のサービスがあるが、名医による有料の動画問診(15分あたり300~2000円)のほうが義母は安心するので、そちらを使っている。無料のほうはろくに症状も聞かないうちに診断書を発行したり、短時間で終わらせる医師も多いので、そこまで信用できない。義母は今まで病院で待つのが嫌で身体に不具合があっても我慢していたというが、アプリで気軽に医師に相談できるので、離れて暮らす妻も私も安心している」(重慶在住の日本人男性)

現地の中国人に話を聞いても、やはり一番のメリットは病院の診察が待ち時間なしで予約できることと、処方箋の即時発行だと口を揃える。この点だけをとっても平安GDは中国の医療環境を劇的に改善したといえよう。

加えて、平安GDは彼らのプラットフォームを利用し、中国で社会問題となっている内陸部の貧村の医療改革に取り込んでいる。2018年1月に「郷村グッドドクター扶助プロジェクト」を開始し、1万人の村医を支援するとともに、中国全土の貧しい地域に1000軒のスマート診療所を開設。最新の医療設備や医薬品のスピード輸送も行うと発表した(現在ではアプリに「村医版」が追加された)。これは中国政府が推し進めるヘルステック国家戦略「中国健康2030計画」とも合致した動きで、平安GDの成長にとっても大きな可能性を秘めているといえる。

■「医療は長期的ビジネス」現状では赤字状態の平安GD

メディテック分野で他の追随を許さない平安GDだが、そのビジネスモデルについても簡単に解説していきたい。平安GDを運営するPing An Healthcare and Tech(平安健康医療科技)はもともと、2014年に中国の金融コングロマリットである平安保険グループの完全子会社として設立(前身はPING AN HEALTH CLOUD COMPANY/平安健康互聯網股分有限公司)。翌年に平安GDをリリースし、同4月には5億ドル調達し時価総額が30億ドルを越え、早々とユニコーン企業(評価額10億ドル以上)となった。そして2018年5月、香港市場で1200億円規模のIPOを実施し、上場を果たした。
 
最新のIRによると、2018年上半期の営業収入のうち、約55%はECサイトでの売り上げが占めている。以下、約22%が消費型医療(美容や口腔など自由診療や遺伝子検査、人間ドック)、約17%がメイン事業のファミリードクターサービス、最後に健康データの販売・広告収入となっている(約5%)。

こうした複合的な収入構造を持つ平安GDだが、目下の業績を見るとまだまだうまくマネタイズできていないようだ。2018年上半期の営業収入は11.23億元(約180億円)で、前年同期と比べ150%増えたが、4.44億元の純損失(前年同期比2.6%減)となった。中国経済メディア「21世紀経済報道」(8月22日付)に掲載されたインタビュー記事で、CEOの王氏は「本来、医療事業は10年、20年かけてゆっくり成長していく長期的なビジネス。今後は海外市場を開拓し、会社を変革していく」とコメントしている。

一方で、平安GDの役割については、別の見方もある。「日経クロストレンド」の記事によれば、親会社である平安保険グループ傘下の保険会社の営業マンは、まず勧誘したい顧客に平安GDのアプリを薦め、その人物の問診歴や通院状況を把握した上で、おすすめの保険商品を勧めるというのだ。同記事には「ドクターアプリは営業ツール」だと指摘しているが、平安GD単体では赤字でもグループ全体として見たとき、その貢献度合いは決して小さくないのだろう。

■自費診療の多いタイへ進出…日本上陸の可能性は!?

海外進出で収益性を改善させたい平安GDだが、8月に入って動きがあった。“東南アジアのUber”と呼ばれる同エリア最大の配車サービス・Grabとの提携を発表したのだ。まずはタイ、そしてシンガポールやマレーシア、インドネシアでGrabと組み、中国と同じ医療プラットフォームの提供を目指すとしている。

Grabは配車サービスとしての側面がクローズアップされがちだが、オンライン決済インフラとして見ることもでき、加えて最近では食品や雑貨の配送サービス、貨物宅配業務も始めている。東南アジアで莫大なユーザーを抱えるだけに、こうした利用・購入履歴などパーソナルデータを活用するのが早道だと平安GDをは考えたのだろう。

王濤氏は前掲メディアのインタビューで、「タイの医療はほとんど自費診療で、医療機関は高度に市場化されている。我々が有効なサービスを提供できれば、多くの手数料収入を得ることができるだろう」と述べている。現在、中国で平安GDは公的医療保険制度の枠内でのサービス提供にとどまっており、ユーザーや病院から徴収できる手数料は限られているという問題があるからだ。

東南アジアは6億人の人口を抱え、医療制度で中国と同じような問題を抱えている国も多い。平安GDとGrabとの提携は、親会社の平安保険グループにとっても大きなメリットとなるだろう。一方、平安GDと似た医療プラットフォームを提供するインド・Practoは数年前から東南アジアやブラジルを含む世界15か国に進出しており、手強いライバルになるという見方もある。ただPractoは医師(病院)とのアポイントメント機能に特化しており、平安GDのような複合化したサービスを提供できていないのも事実だ。

さて、日本への進出についての可能性はどうか。すでに平安GDは近鉄グループと提携して日本製のサプリなど健康食品を越境ECサイトで販売することが決まっており、親会社の平安保険グループも、ツムラと資本業務提携を結び筆頭株主となり中国で漢方薬の製薬事業を行う合弁会社を設立している。未病データベース構築のためではという憶測もあるが、いずれにせよこれらは中国での事業拡大のための施策であり、日本進出の動きは見られない。

2018年4月に診療報酬が改訂され、日本でも事実上、オンライン診断が解禁とはなっている。だが、ざまざまな制約があり運用ルールはかなり厳しい(対面診断の補完を前提とした制度で、アレルギー科や皮膚科など、オンライン診断の需要が多いものが除外されている)。

「アイメッド」(ネクシィーズが運営)や、三菱商事などが支援する「curon」など、平安GDのようなアプリも日本でも誕生しているが、健康保険を適用したオンライン診断は事実上、行っていない。制約がまだまだ多く、またスマホを満足に扱えない高齢者が少なくない状況で、普及するには相当な時間がかかりそうだ。

世界一と言われる公的医療保険制度を持ち、業界団体や厚労省が頑なに規制緩和を阻んでいる我が国に進出するメリットは今のところ平安GDにほとんどないと言っていいだろう。ただ日本は高齢者を多く抱えた過疎地域との医療格差解決がすでに喫緊の課題となっており、経産省や厚労省、大学病院は平安GDなどの医療プラットフォームについてかなり詳細な調査を初めている。診療報酬を改訂したのも、本格的なオンライン・遠隔診療の布告でもある。

こうして見た場合、例えばオンラインでの問診から処方箋の発行まで健康保険を適用して行える特区を作り、ソフトバンクと平安GDがタッグを組む形で試験的にサービスを開始する可能性は少なくないのではなかろうか。また、平安GDでユーザーの利用が最も多いのは小児科と婦人科(産婦人科含む)、皮膚科なのだが、後者2つは日本では自費診療の割合が高い。東南アジア進出で、自費診療分野でのプラットフォームの提供ノウハウが蓄積されれば、診療カテゴリーを限定して日本でのサービスを始める可能性もある。美容外科のオンラインカウンセリングなどは始めやすい領域かもしれない。

さて、世界に類を見ないサービスを提供する平安GDだが、指摘してきたように親会社である平安保険のグループ戦略の一部分として見るとさらにそのスケールには驚かされる。平安保険グループ全体の時価総額は保険会社として世界最大の21兆円規模で、保険・金融商品の利用者とITサービスの利用者の合計は中国で4億人にのぼる。

保険、金融、投資、不動産という生活に密着したサービスを相次いでリリースする中、平安GDという医療・健康サービスを加えることで、巨大なエコシステムを構築しようとしているのだ。

Photo by pahtg.com

※本記事はBeautyTech.jp掲載の『平安グッドドクターはアプリで医療の未来を先取り、タイを足がかりに東南アジアへ』を改題・再編集したものです。