人工知能ブームから考える”人間の脳の不思議”

ロボティア編集部2016年3月23日(水曜日)

 世界の関心が人工知能に集まるなか、人間の脳の能力の限界や可能性についても議論が高まっている。

 そもそも、人間の脳はどれくらい多くのことを記憶できるのだろうか。例えば、メモリカードやハードディスクは、その容量がいっぱいになると、それ以上のことを記録することができない。一方、人間の脳は少し異なっている。人間の脳は訓練を通じて記憶力を高めることが可能である。2005年当時、中国の大学院生が6万7980桁の円周率を覚え世界記録を樹立、世間を驚かせたことがある。

 また、世界記録を保有している“記憶の達人”たちのほとんどは、訓練を通じて高い能力を保有することになったといわれている。例えば、米記憶力大会の優勝者のひとりは、最初に脳のトレーニングをする際、トランプカード一式を覚えるために20分かかったが、後には30秒以内に52枚を覚えることが可能になったという。このような訓練の方法のひとつに、記憶の宮殿(memory palace)というものがある。自分が知っている家をイメージして、そこに記憶したいものを配置し記憶する方法をいう。結論的に意志があり、訓練を行えば、誰でも記憶力を引き上げることができるということになる。

 人間の脳は、1000億個に達する神経細胞、神経細胞で構成されている。そのなかで長期記憶と関連した錐体細胞(pyramidal cell)は、10億個程度と言われている。米国ノースウェスタン大学のポール・リーバー(Paul Reber)教授は、もしこの錐体細胞ひとつあたり、情報を1つしか記憶できない場合、人間の脳はすぐに容量がいっぱいになり、神経枯渇状況に陥るだろうと指摘している。

 リーバー教授はまた、少し無理やりに例えるならば、脳の記憶保存能力はコンピューターのペタバイトのクラスになると話す。1ペタバイトは、MP3の音楽を2000年間、続けて再生することができる容量である。ただ実際には、人間の脳とコンピューターのメモリチップを比較するのは難しい。人間の脳には、コンピューターに例えられないほど広い記憶空間がある。

 一方で、記憶の世界記録保持者たちをはるかに上回る記憶能力を有することを確認されているのが、サヴァン症候群(savant syndrome)を抱えた人々である。サヴァン症候群は、自閉症や知的障害を持った人々の一部が、特定の分野に優れた能力を発揮する症状をいう。名前や日付はもちろん、複雑な情景の細部まですべてを覚え、また一度見たものを後に正確に描き出すなど、超人的な能力を示すケースもある。

 サヴァン症候群が発生する経緯には謎が多い。ほとんどは先天性だが、特定の機会をきっかけに症状が出る場合もある。10歳の時、左頭部に野球ボールがぶつかり、後天的にサヴァン症候群を発症した人もいる。

 いわゆる普通の人の知能は、低レベルの作業である記憶よりも、高いレベルの作業である概念的思考を行う。例えば、草原でライオンを見た際、その鼻や口に気を使うのではなく、全体的にライオンだということを認識、危険を回避するという具合だ。

 しかしサヴアン症候群に苦しむ人は、細かい内容や詳細についてはすべて認識・記憶するが、反対に大きな概念になると理解することができないという。例えば、ハンドルやワイパー、ヘッドライトなどの部分は理解できるが、車という全体的概念については認識することができない。

 オーストラリア・シドニー大学のアレン・スナイダー(Allen Snyder)教授は、一部の人々の脳内には“サヴァン”があり、適切な技術さえあれば、これを活性化させることができると示唆している。

 サヴアン症候群を抱えた患者を対象とした実験では、磁場を作るキャップを頭に装着して、左前頭葉の神経活動を抑制した結果、図を描く能力やカードの枚数を数える能力が高まるということが確認されているという。ただし、記憶力を検証するテストは、比較的簡単なものであり、今後さらに改善される必要に迫られている。このよう実験や結果には懐疑的な声もある。が、一方で今後、脳の構造の解明に役立つという評もあり、賛否両論といった状況だ。

脳の記憶能力
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 これまで知られている脳の限界を決定する要因のひとつに、脳には一種の“ボトルネック現象”があるという説がある。そのため、情報の流れが規制されるというのだ。

 前出のポール・リーバー教授は、人間の記憶の限界は、ハードディスクなどから連想できるような容量や保存空間の限界に起因しているのではなく、そのダウンロード速度にあるのではないかとしている。脳が記憶で満ちてしまうのではなく、外部から入ってくる情報の速度が、脳が処理できる速度を上回ることが、記憶の限界と関連しているのではないかという分析である。

 いずれにせよ、脳に関してはまだまだ解明されていないことが多い。ただ、不思議で、無尽蔵の能力を抱えた人間の脳の秘密が解明されればされるほど、人工知能の技術も進んでいくことだけは間違いなさそうである。