「筋トレはじめました」…フライト3700時間のドローンオペレーターが語る【業界のリアル】

ロボティア編集部2017年7月28日(金曜日)

 減少の一途を辿る労働力を、自動化でどう補うか。少子高齢化で世界の先頭を走る日本の「課題解決」の過程には、世界中から注目が集まっている。

 現在、自動化を促進するテクノロジーとしては、ロボット、AI、IoTなどが注目を浴びている。なかでも、一際、人々の関心や好奇心を惹きつけて止まないのが、空飛ぶロボット=ドローンだ。

 ドローンを有効活用できると期待されている領域は、非常に多岐にわたる。空撮はもちろん、配送や農業、警備、災害支援など枚挙に暇がない。とはいえ、それぞれの領域に則して機能的、法律的課題をすべてクリアし、しかもビジネスとして成果を挙げている“実用例”は、騒がれているほどには多くはない。「ドローンを有効活用する方法」を実際に見つけるため、現場では関係者たちによる試行錯誤が、日々、続いているのが現状だ。

「ドローンを使ったビジネスで成立しはじめている分野は?」

 関係者たちにそんな問いを投げかけると、共通した答えが返ってくる。「空撮」がそれだ。DJI社製の機体に代表されるようなコンシューマー用ドローンは、日々、性能が進化し続けている。そのため、空撮のコストおよび技術的ハードルは、徐々に低下傾向にある。もちろん、映画やCMなど高度な「画づくり」は専門プロたちの仕事としてなお健在だが、「誰でも空撮を仕事にできる時代は少しずつ迫っている」と、関係者たちは実感しているようだ。今後、さらにドローンがコモディティ化していけば、最終的にカメラマン業界のそれのように、「いかに印象的な映像・写真を撮れるか」が、各ドローン空撮業者のビジネスの成否を決めるようになるかもしれない。

 一方、関係者たちは、ビジネスとして「ほぼ成立に近い境目」にあり、各企業によって実用化の試みが活発に行われている領域がふたつあると口を揃える。ひとつは「測量」、もうひとつは「インフラ点検」だ。現在、そのふたつの用途を巡って、現場にはどのようなリアル、そして挑戦があるのだろうか。

「ドローンと現場の話ですか…。いろいろあるのですが、何から話せばよいか。あ、そういえば最近、筋トレをはじめたんですよ。作業部屋を改築して、体を鍛える環境を整えたんです」

 3700時間以上のフライト経験を持つプロオペレーター・十田一秀氏(下写真)は、本誌「ロボティア」の取材に対してそう話を切り出した。十田氏は、建設企業、ドローンメーカー、ドローンオペレーターなどで構成される団体・UBAA(一般社団法人・無人航空機業務支援協会)の理事も務めている。UBAAは、ドローンを使った業務の相談や課題を解決するため、関連企業がノウハウを持ち合うことを目的に結成されたプロ集団。2017年8月1日から正式に活動をスタートさせる。

「巷では、ドローンを使えば現場作業が自動化でき、簡単に業務が進むと期待されていますが、実際には多くの課題を抱えています。一言で言ってしまえば、測量やインフラ点検にドローンを使おうと思うと、テクノロジー的な“壁”があるんです。現段階で、その壁を補うのはオペレーターの仕事。結果、テクノロジーの限界を見極めつつ、集中力を維持しながらドローンの操縦作業を行うためには、オペレーターの体力が必要になってくる。撮影に携わる同業者の中でも、『体力勝負』という話がよくでてくるようになりました」

 十田氏の体格は、一般男性と比べても遜色がない。学生時代には極真空手に汗を流してきたそうで、むしろ“ガタイ”はよい方だ。それでも「ドローンを使う現場にいくとヘトヘトになる」という。そこで一念発起、今後を見据えて購入したのが、ダンベルやバーベルなど、筋トレグッズ一式だった。

「極端な例で言うと、1日合計5時間ほどのフライトを行うこともあります。しかもGPSの入らない制御の難しい環境です。それが、1週間連続で続くケースもあります。それでも、一回々々のフライトでは、集中力を同じだけ発揮しなければなりません。仮に意識が朦朧として機体を墜落させてしまえば、クライアント様への迷惑だけでなく、人やモノに被害がおよぶ。体力勝負と言ったのは、そういう経緯です」

 オペレーターの体力以外に、「測量」や「インフラ点検」の現場にはどのような難しさがあるのか。十田氏は「ふたつは似て異なる」と前置きしながら、具体的に説明してくれた。

 まず測量に関しては「現行のテクノロジーで自動化がほぼ達成できている」という。測量を実施する側がしっかりと飛行計画を立て、定められたルートをドローンに順守=自律飛行させさえすれば、コストダウンなど成果を得ることができる段階にまで実用化が進んでいるそうだ。「それでも、課題はある」と十田氏。例えば、植生が鬱蒼としたエリアなどでは、写真測量のでは地表面のデータが取れない。そのため企業からは、木など障害物があっても点群データなどを作成できるレーザー測量の手法を使いたいという需要が増えているという。ただこちらは、設備の値段が高いという事情がある。普及までには、しばらく時間がかかる見通しだそうだ。

 一方、「インフラ点検については、自動化できない部分がまだまだ多い」というのが十田氏の実感だ。

「インフラ点検になると、飛行計画に加えて、安全かつ効果的な成果を得られる運用ノウハウやオペレーション技術が必要になってきます。それらは、オペレーターやドローン運用者など人間の能力に属するもの。例えば、何か構造物のひび割れなどを、ドローンで撮影・点検したいとしましょう。現在のドローンの自動化の水準では、構造物との安全な距離を保ちながら、データ利用しうる解像度が十分な画像を撮影することが、まだ機能的にできません。また非GPS環境もなどでも、ドローンによる自動撮影は困難。そこでは、人間のオペレーターによる操縦技術など運用ノウハウが、成否を分かちます」

 十田氏の言葉を少しだけ補足したい。インフラ点検に用いられるドローンは、主に人間の目を代替する役割を求められている。これまでのインフラの点検は、人間の作業員の目視によって行われるケースが大半だった。ただ高所作業などが避けられないため、危険要素が伴ってきた。しかも、ロープワークなど特殊能力を持った職人の数も限られる。それを、ドローンで代替できないかという訳だ。また、ドローンで集めた画像をAIなどで解析すれば、人間よりブレの少ない判断基準を設けられるという期待もある。つまり、これまでは担当作業員によって、「修理する必要があるか否か」が判断されてきたが、その判断を自動化できるかもしれないとされているのだ。

 ただ現在のドローンの自律飛行の機能では、機体が構造物に追突することなく、データとして有用な解像度を誇る写真を撮影することができない。それが、十田氏が「自動化」できないと話す理由だ。そして、人間のオペレーターの細かい手仕事によってのみ、安全かつ有効にデータを収集=インフラ点検できる可能性があるという話になる。

「僕の経験では、目標の解像度を確保するため、ドローンおよびカメラを適切な距離まで近づけなければなりません。衝突や落下を避けつつ撮影をこなすためには、かなりの集中力を要します」

 なお、国交省はドローンを操縦できるようになる経験時間を約10時間と定めているが、十田氏の話を聞く限り、インフラ点検の現場などで活きる能力を身につけるためには、さらに多くの時間と経験が必須のように思えてくる。

「インフラ点検などの現場では、どのドローンの機体を選ぶか、どんなカメラを積載するか、構造物とどれくらい距離を取って撮影するか、画像の解像度をどう担保するか、また風が強い日に撮影を続行するかどうかなど、あらゆる状況判断が求められます。加えてそれら判断を活かせる操縦の腕も必須です。時に現場では関係者の数が20~30人になるケースも。コミュニケーション能力も必要になってきます」

 ここ最近、世界、そして日本でもドローンオペレーター不足が叫ばれているが、十田氏らUBAAとしても、現場で活かせるノウハウ、技術を兼ね備えたオペレーターが圧倒的に足りてないという問題意識を抱えている。

「現在、ドローン関連企業各社は、それぞれの方法で人材育成に勤しんでいます。ただ、そのペースは、市場の需要に追いついていない感が否めません。私たちとしては、各社をサポートできるような、現場志向の人材育成システムをつくることが重要になってくるのではないかと考えはじめています」

 UBAAにはすでに、土木設計をてがける国土工営コンサルタンツ、ドローンメーカー・菊池製作所、映像・音楽などコンテンツ制作をてがけるサウンドエフ、空撮・測量企業ウィング、十田氏のKELEKなど法人メンバーが名を連ねている。各社ともに、新しい空域からデータを取得できる可能性を秘めたドローンの普及に、強いモチベーションを抱いている。そのUBAAが目指すのは、「ドローン産業の課題を包括的に解決できるネットワークづくり」だ。

「今後、UBAAでは測量やインフラ点検に限らず、クライアント様が抱えるドローン運用の悩みを幅広く解決できるような取り組みをしていきたい。技術がなければ技術をつくり、一方でオペレーターの能力を啓発するための相談があればそこに応えたいと。具体的にはまず、測量やインフラ点検の現場でドローンを効率的に運用できるノウハウを標準化、また墜落ケースなども集めて安全対策を確立し、会員企業・個人事業主の方々と共有していこうと思います。エンジニアやオペレーター、またドローンを使った取り組みを広げたい業界の人々が力を合わせれば、不可能とされてきた課題もきっとクリアできるはずです」

 とはいえ、テクノロジーが発展していけば、いずれインフラ点検などの現場でも自動化が達成されていくかもしれない。「将来的には、筋トレの必要はなくなりますかね」。そんな質問に対し、少し悩んだ十田氏は次のように答えた。

「どんなに自動化が実現しても、現場の安全を守り、作業成果を高める責任を負うのは人間になると思います。筋トレもそうですが、いかに多くの現場を踏んで経験を蓄積するかが、ドローンオペレーターたちに求められ続けるでしょう」

 人間とドローンは、社会的課題を前にどのような“戦友関係”を結んでいくのか。ドローンテクノロジーの在り方とともに、ドローンオペレーター=人間の未来にも注目したい。

■UBAA(一般社団法人・無人航空機業務支援協会)について

 UBAAは無人航空機を「安全に運用」「活用を広げる」ために設立された組織。「ラジコンヘリコプター空撮会社」など歴史、豊富な経験を持つ企業を中心に、多様な企業・関係者が参加。ドローン関連のノウハウを集約し、クライアントが期待する可能性の実現や、悩みを解決するため活動をスタートする。

取材協力:UBAA/Direction&Text by Jonggi Ha/Photo by Nori Edamatsu
Movie by オフィステイト(officeTATE)VLOGTwitterFacebookInstagram

All Photo©nori edamatsu&ROBOTEER Inc.