ヘルパーを腰痛から守る介護用移乗ロボット「Hug」の導入が進まない理由

ロボティア編集部2018年7月27日(金曜日)

介護現場での介護職の労災が増えている。その多くが腰痛だ。日々のルーティンワークの中で、高齢者を抱き上げる際に腰を痛めるケースが多いという。一方で、介護現場は慢性的な人手不足で若い人が集らない。介護する側も高齢化しており、“老老介護”に近い状態が各介護施設で生まれつつある。

そんな状況を打破する救世主として、高齢者の移乗動作をサポートするロボット「Hug」が開発されたが、何故か、現場の職員には今一つ、受け入れられずにいる。介護職員を労災の主要因である「腰痛」から守る筈の「Hug」の導入がなぜ進まないのか?若手英人ロボット研究者が神奈川県湘南地域の特別擁護老人ホームでの聞き取り調査などを通し、ユニークな視点からの考察を行った。

■神奈川県湘南地域の特養でロボット導入に対する職員の意識調査

ジェームズ·ライト氏

香港大学・香港人文社会研究所の博士課程に籍を置くジェームズ・ライト氏は神奈川県湘南地域にある特別擁護老人ホーム(利用者約80人)で移乗サポートロボット「Hug」を中心に介護現場へのロボット導入についての介護職員の意識調査を行った。

同ホームには37人の介護ヘルパー(正職員、パートの比率は半々)がいる。ジェームス氏は2017年3月から5月までの3カ月間、同ホームに週5日通い、すべてのシフトに入り、職員との信頼関係を築いた上で、介護職員の「Hug」に対する思いをインタビューした。

同特養では入居者約80人のうち、49人が移乗の際に何らかのサポートを必要とした。ホームにおける移乗動作をカウントしたところ、24時間で408回の動作が行われたという。試験的に「Hug」を導入する前の17年3月、全介護職員全員に対し行った聞き取り調査によると、86%が何らかの腰痛に苦しんでいると回答した。痛みの激しさを10点満点で聞いたところ、平均4.2の痛みを示す数字が出た。男性職員2人は椎間板ヘルニアに苦しんでいると回答した。

同ホームでは、機器の紹介とトレーニングを兼ね、2016年12月に、20人の介護職員を対象に、「Hug」のデモンストレーションをしている。ライト氏が直後に行った聞き取りによると、デモンストレーションに参加した職員の60%が「Hug」の操作は簡単だと回答し、80%が腰の負担軽減になると回答したものの、利用者が安心して使えるかの問いには僅か15%しか賛同を示さなかった。

「入居者の移乗にHugを使いたいか?」の問いには回答者20人のうち、7人が「使いたくない」と回答。6人がまだ分からないと回答。「使いたい」と答えたのは4人で3人が無回答だった。

ライト氏の聞き取り調査によると、腰痛から職員を守ってくれる「Hug」だが、職員の多くが「Hug」の使用習得に時間を取られると考えたという。また、介護職員の中には、「人生の大先輩である入居者に対し、機械を使うのは失礼にあたる」と回答した人もいた。

「腰痛に苦しむ人は移乗サポートロボットを使えばよい。でも、私は人と人の関わり、ふれあいを大事にしたい。ロボットに頼るようなことはしたくない、自分の手で介助したい」と記述回答した職員もいた。唯、欧米の介護現場とは違い、ロボットの導入が自分たちの職場を奪うとの回答は皆無だったという。

同ホームでは製造元の株式会社FUJI(愛知県知立市)の協力を得て、4月から5月半ばまで6週間、「Hug」を試験的に介護現場に導入した。持ち上げられる時に痛みを訴える入居者がいたりする一方で、数は少ないが、「Hug」を使う移乗を「快適」と捉える入居者もいた。ひるがえって、介護職員の多くは、「時間がない。機械の使い方を習得する時間を割くことができない」と回答した。興味がないと回答した職員もいた。「たとえ身体的に楽になってものんびり使うことができない」ことに不快感を示した職員もいた。

ライト氏は「時間がない」を理由に新技術の導入が拒否され、現状維持の方向に職員が向かう傾向があるとした。しかし、「Hug」の導入に職員が消極的な理由は複雑だ。移乗動作にロボットを導入すれば、介護職員が大事と考える「スキンシップ、冗談を言い合ったりして打ち解ける」するなどの入居者との“ふれあい”の部分が失われることを介護職員が最も恐れているのではないかとライト氏は分析する。

■思うようにいかない政府主導のロボット導入

介護現場の人手不足と負担軽減を図るべく、政府は2013年度より「ロボット介護機器開発・導入促進事業」を実施している。同事業が掲げる「ロボット技術の介護利用における重点分野」には、移乗介護機器も重点開発分野の一つに挙げられている。また、政府は今年2月16日に閣議決定した「高齢社会対策大綱」で2015年、24.4億円だった介護ロボットの市場規模を2020年には約500億円に成長させるとする野心的な目標を掲げた。市場規模拡大には全国津々浦々の介護施設でのロボット導入の促進が欠かせないが、なかなか思うように進んでいない。

こうした状況を今回の聞き取り調査を行ったライト氏は、ロボティア編集部の取材に対し、「ロボットのような新しい技術を導入するということはスキンシップを交えた介護、介護職員と高齢者との関係などなど、これまでの既存の介護在り方全体を変えるということだ。ロボットを導入して、今の介護の枠組みがそのままであるとは考えてはいけない。ロボット導入が介護現場に与える影響について今一度考えるべき」と述べた。

また、ライト氏は「介護ロボットの開発者はもっと介護施設に出向き、介護職員や入居している高齢者と対話し、現場のニーズが何であるかをきちっと把握するようにすべきだ。私はロボット開発者が介護職員や高齢者と殆ど接触していない事実に驚いた」とも述べ、介護ロボットの開発者に対し、もっと介護現場の声を反映させるよう訴えた。逆に介護職員も介護ロボットの開発段階からもっと関われる仕組みを作れば、「彼らは開発された介護ロボットが現場で活用されることにより貢献するだろう」と述べ、双方が密に協力しての介護ロボット開発が望ましいとした。

職員の8割以上が背中・腰の痛みを感じているのに、なかなか「Hug」が受け入れられない事例も単に、一ロボット介護機器の受け入れが現場で拒まれていると捉えず、「Hug」を含む様々な介護ロボットがどのようにすれば、入居者とのスキンシップや“ふれあい”などを重視する介護職員に快く迎えられるのかを今一度徹底的に考えてみることも必要なのかもしれない。

(取材&文:アウレリウス)