2021年のパナソニックのモビリティ市場シェア率の前に、HOSPIの誕生と20年余にわたるその歴史のおさらいをしておこう。
(文中敬称略)
全ては一人の天才から始まった
1997年の暮れ、松下電工の生産技術エンジニアであった北野幸彦は悩んでいた。大企業のエンジニアとして生活は安定していた。工場用システム開発というミッションにも不満があるわけではない。しかし入社後16年が経過し、心の中で何か渦巻くものがある。もっと別の生き方があると感じる。当時の北野の言葉を借りるなら「やらされ感」ゼロの生き方があるはずだ、と。
北野は考える。ものごとは栄枯盛衰、生まれては死にの繰り返しで前進している。あたらしい「起業」がなければ、衰弱の方法に沈んでいく。だったら「起業」は活発なほうがよい。翌年、北野はついに起業する事を決意する。ただの起業ではなく松下電工内の企業内起業。今でいう社内ベンチャーである。
当時の松下電工にそのような制度があったわけではない。すべて北野が考え上司を説得したのだという。弊誌の取材に応じて北野は語った。「やりたいんです、としつこく食い下がりましたね。じゃあやってみろと。まずは工場の研究室の設備を使って、できる事からやってみろと。じゃあやります、といって始まりました。」
いきなり「企業内起業をやりたい」と言い出す北野に対して「じゃあやってみろ」という上司。当時のパナソニックには、今よりも新しいものを生み出す土壌と、パワーがあったのかもしれない。起業すること決めた北野は、こんどは「起業して何をするのか」を考え始めた。北野の頭には「ロボットによる社会課題の解決」というイメージがあった。しかしどのような問題を解決するのか。北野の思考は進む。
(1)カレル・チャペックによるとロボットは「人工的な労働者」を意味する。
(2)退屈な仕事・きつい仕事を人に代わって行うのがロボットである。
(3)つまり「労働」に着目すればロボットの未来が見えて来る。
(4)一方、工場では産業用ロボットが普及したが、人目に触れる所で働くロボットを見た事がない。
(5)事業を創造する以上、一発もののアイデア商品で終わるものであってはいけない。
(6)研究開発成果が商品と事業を産み出し、それが1000億円を超すような骨太の産業に育ってほしい。
(7)マーケットは医療・福祉の領域にあるはずだが、ニーズを絞り込まなければ商品は作れない。
(8)看護師は、過労から精神的に追い詰められ、バーンアウト、離職する看護師が非常に多い。
(9)看護師に腹を割って話してもらうことで本音の本音のニーズが絞り込めるはず。
(10)その結果、薬剤・検体の搬送業務がナースたちにとって大きなストレスとなっている事がわかった。
以下のような極めて論理的な考察を経て、北野は医療用搬送ロボット事業をやる事を決意する。
[次回予告]
医療搬送ロボットHOSPIの功罪③ 白衣の天使の実態