[シェア0.01%の謎]医療搬送ロボットHOSPIの功罪④ HOSPI誕生の瞬間!

ロボティア編集部2022年7月28日(木曜日)

世界に先駆けて医療用搬送ロボットを開発したパナソニックの北野幸彦チーム。この連載ではその輝かしい業績と、それに比べての世界市場における日本のモビリティロボットのあまりにも低いプレゼンスについて考察します。

本記事は「シェア0.01%の謎・医療搬送ロボットHOSPIの功罪③ 白衣の天使の実態」の続きです。

病院で働くみなさんに「助かる」「頼れる」「病院が変わった」「技術屋さん凄い!」と言ってもらえるようなロボットを作ろう!そうと決まると、開発チームは猛スピードでPDCAを回し始めた。北野の言葉を借りるとそれは「企画・提案・開発・実証・ダメ出し」の果てしない繰り返しであった。1998年に第一アイデア、2000年に第二アイデア、2002年には病院との共同研究用の試作機が開発された。そこに待っていたのは「嵐のようなダメ出し」であった。

北野はいう。「検討会、報告会、デザインレビューの都度、ダメ出しされました。その度に改善努力を続け、技術が積み重なり、ロボットの社会への適応性が向上する。ありがたいご指導だと思いましたね。」「私達はHOSPIを社会的課題解決に寄与するロボットに絶対に育てると確信していました。確信があるなら、ダメ出しされてもやり続けるのみです。」「やって、やって、強みをさらに強くしていけば、いつの日か必ず必需品になるはず。」

商品としての自律移動ロボットがまだ世の中に存在していない時代である。安全性の問題(甚大な被害が発生する危険はないか)、操作性の問題(現場の皆様が安心して使えるか)、収益性の問題(病院の経営改善に貢献できるのか)、どれ一つとっても途方も無い壁がそびえ立っているように思えたが、開発チームはそれらの問題を一つ一つ乗り越えていった。


[上写真 HOSPI開発チームの活躍を報道する同時の雑誌の一コマ]

まず何よりも、人命に関わる大きな事故の発生を完璧に防がねばならない。走行廊下から階段ホールに侵入し、ロボットが転落したら大変な事になる。開発チームは何重にもわたる安全対策機構を組み込み、徹底的なテストを実施した。また人や病院設備にロボットが衝突しないよう、対象物検出センサーに加え、ロボットと対象物の距離を検出できるようにし、待合の長椅子や車椅子なども確実に距離を計測し、衝突する事なく回避走行できるようにした。エレベータの安全かつ確実な乗降システムも構築した。さらにはロボット導入による経済効果のシミュレーションを実施し、病院経営陣が納得行く投資計画に落とし込む事に成功した。

最後の最後に、最大の難関が待ち受けていた。看護師さんたちが「また新しい機械の操作を覚えないといけないのか!」と警戒したのだ。開発チームはこれに対し「薬剤師さんの薬を病棟に届ける」「看護師さんが届いた薬を受け取り、ロボットを帰す」の2つだけの機能に絞り込むことで、究極に操作が簡単なユーザーインターフェイスを開発した。さらにはID認証カードをかざすだけで(パスワードなしでの)操作を可能にした。

これらによりロボット導入に対する警戒感が解け、「簡単なお願いをするだけで確実に薬剤を遠くまで運んでくれるロボットくん」という認識が広まっていった。いつしか看護師たちはHOSPIの事を「助かる」「頼れる」「かわいいロボットくん」と評価するようになり、HOSPIの月当たりの出動は1000回を超えた。HOSPIが走る事で、笑顔が増え、病院が明るくなった。開発チームの中に「HOSPIは誕生したんだな」という実感が湧いて来た。パナソニックHOSPIは正式に商品として販売され、いくつもの病院で導入され、ついには海外の病院にまで採用されるようになった。時代はすでに2013年になっていた。