[シェア0.01%の謎]医療搬送ロボットHOSPIの功罪⑤ HOSPI大躍進

ロボティア編集部2022年8月16日(火曜日)

世界に先駆けて医療用搬送ロボットを開発したパナソニックの北野幸彦チーム。この連載ではその輝かしい業績と、それに比べての世界市場における日本のモビリティロボットのあまりにも低いプレゼンスについて考察します。

本記事は「シェア0.01%の謎・医療搬送ロボットHOSPIの功罪④医療搬送ロボットHOSPIの功罪④ HOSPI誕生の瞬間!」の続きです。

2013年を境にHospiは快進撃につぐ快進撃を開始する。Hospiはパナソニックがその技術の粋を尽くし、15年の歳月をかけて世の中に送り出した日本で最初の本格的な「病院内自律搬送ロボットシステム」として、一躍注目された。北野幸彦は新規事業推進プロジェクト・ホスピタルアシストロボットチームのリーダーとして、さまざまな講演会で引っ張りだこになった。パナソニックブランドで正式な一般販売が始まると、Hospiは松下記念病院を皮切りに、埼玉医科大学病院、滋賀医科大学付属病院、獨協医科大学付属病院、京都大学医学部附属病院など日本を代表する一流病院に続々と採用されていき、ついにはシンガポールチャンギ総合病院など海外の病院でも採用されるようになった(今回扉写真)。

病院側の反響も上々で、ナースや患者から「ぶつかりそうになると回避する、その表情が可愛らしい」、「よく来たねと話しかける職員もいて、働くスタッフに対する癒し効果もある」など、嬉しいコメントが寄せられた(パナソニック公式HPより)。Hospiは競争のない、ほぼ完全なブルーオーシャン市場に参入し、新しい市場を作り出し、その領域に置いて世界で最初とも言える商業的成功を収めた。米国のスターシップテクノロジーズの創業が2014年、日本で高いシェアを誇る深圳PUDUロボティクスの創業が2016年である事を考えると、Hospiの先駆性と、そのような製品の事業化に成功した北野幸彦たちのチームの仕事は、非常に画期的であったと言えるであろう。

ここで北野は、周囲の人間を驚愕させる行動にでる。なんとパナソニックを退職すると言い出したのだ。当時を回顧して北野は本誌記者に語った。「いろんなところに呼ばれてHospiの開発ストーリーを講演する日々が続きました。私はHospiの誕生から、成長、独り立ちまでの間、ずっとHospiの近くにいた為、周囲からはもうHospiといえば北野という目線でみられるようになっていました。」そのような状況に北野は強い危機感を感じたという。「Hospiはまだ生まれたばかりの商品で、これから市場に合わせて、どんどんバージョンアップをしていかなければなりません。時にはドラスティックな仕様変更や、コンセプト変更も必要かもしれません。」「それなのに社内では、Hospiの事は北野に聞け、という空気が蔓延し、悪い意味での停滞感が漂い始めました。」

2015年、北野は長年勤務したパナソニックを退職した。若い開発者たちが先人や上司の顔色を気にしないで、のびのびと開発に取り組めるようにしたい。自分のような人間がいつまでもパナソニックに居座っていたら、後進の成長の妨げになるから、という驚くべき退職理由であった。