中国で働くロボットが増えるとこういう事故があるのかーーー
上の写真は『中国のインターネット史』等の著作があるライター山谷剛史氏の2020年12月27日のTwitter「中国で働くロボットが増えるとこういう事故があるのかーーー」の画像の一部である。このツイートはまたたく間に2.6万の「いいね」を集め、モビリティロボットの普及が始まりつつあった当時の日本においても関心を集めた。機種によっては100kg近くもある巨大な金属のかたまりが、エスカレーターに突入し、加速して下にいた人間に接触するショッキングな映像。しかし当時の多くの日本人にとってこの事故は「日本よりも安全管理が甘い中国における、別世界の出来事」という印象だったのではなかろうか。
中国で働くロボットが増えるとこういう事故があるのかーーー pic.twitter.com/AMRcBzQwgu
— 山谷剛史 新書「移民時代の異国飯」 (@YamayaT) December 26, 2020
あまり知られていない事であるが、この「ロボットがエスカレーターから落下する」事故が発生しているのは決して中国に限ったではない。それどころか我々の身近に起こりうる極めて普遍的な現象であり、交通事故や工場の労災事故と同様、どんなに注意していても繰り返し発生する類の事故なのである。決して中国に限った話ではなく、「日本で働くロボットが増えるとこういう事故がある」事を、ロボット社会に生きる我々は肝に銘じる必要がある。
エスカレーターからの落下事故はなぜ起こるのか
モビリティロボット市場は2018年ごろから米国市場、中国市場を中心に実用化が加速し、コロナ禍をきっかけに爆発的に普及した。平行してグローバル化も進み、米中のロボットベンチャーは争うように資金調達を進め、集めた資金で新市場に進出し、それぞれの国で必要とされるロボットを開発し投入した。モビリティロボットは躯体こそ大きいが、機能としては掃除ロボットのルンバやソフトバンクのペッパー君と同類のものと解釈される事が多く、導入価格も比較的安価である。自動運転車のように厳しい法規制を受けるわけではない為、ユーザーは比較的気軽に導入する事ができるが、実はここに大きな落とし穴がある。
見落とされがちだが、モビリティロボットは巨大な金属の塊がモーターを制御して人流の中を移動するという製品特性上、自動運転車と本質的には同類の面を持っている。例えばモビリティロボットが暴走して人に接触した場合、最悪の場合は死亡事故につながるような危険性は十分に有り得る。しかし自動運転車が道路交通法という明確な法律によって制限されるのとは別に、レストランや商業施設、ビル内を走行するモビリティロボットを明確に規制する法律は存在していない。結果として大きなリスクを抱えたロボットが、特に対策もされないまま施設内を走り回るという事が起こる。
最大の問題は、モビリティロボットはソフトウェアによって制御されるという特性だ。パソコンのOSがフリーズしたり、ATMシステムに不具合が発生したりするように、モビリティロボットのシステムもバグや、システムダウン等の現象を避けられない。例えばエスカレーター近くを走行中にシステムが不具合を起こした場合、ロボットは容易にエスカレーターに突入する。なぜなら「自律走行」というロボットの機能が、障害物がなく、走りやすい方向を選択して進行方向を決める為で、エスカレーターの入り口はロボットにとって、実に進入しやすい形状をしているからだ。さらに悪い事に、下りエスカレーターは段階的に傾斜していく形状の為、角度センサーがその傾斜を読み取る事ができるのは不幸にもロボットがエスカレーターに乗った後になってしまう。こうなるともはや落下事故を防ぐすべはない。
もちろん、そうならない為にロボットメーカーは「ルート設定」「バーチャルウォール」「角度センサー」等の機能を開発し、落下事故を回避しようとしている。しかし実際の走行現場でシステムがクラッシュしてしまった場合、これらの機能はほぼ全て作動しない。つまりエスカレーター突入事故は不可避的に発生する。
日本における事例は?
幸い、これまでのところ日本市場においては死亡事故や大きな傷害事故につながるような事案は発生していない。しかしいわゆる「ヒヤリ・ハット事案」はかなりの件数発生している。弊誌が取材しただけでも、片手では数え切れないほどのロボットが、危うく階段や、エスカレータに突入しようとしたり、実際に突入したりしている。その詳細をここで書くわけにはいかないが、それらの事案を研究する限り、大事故に発展しなかったのは、単に「運が良かったから」であろう。
抜本的な解決が望まれるが、現時点で「こうすれば解決する」という決定的な解決方法はなく、各メーカーも解決方法を模索中である。社会として望まれるのは、モビリティロボットはエスカレーターや階段に突入して人身事故を起こす可能性があるという事を、うやむやにしないでしっかりと認識しておく事だろう。また以前の記事「絶対に階段から落ちないロボットの作り方」の紹介したように、ソフトウェアに頼らない安全対策や、ユーザーオペレーション側からの安全対策など、ユニバーサルな対策を模索していく事が求められる。それでもなお、ロボットの落下事故は交通事故や労災事故と同様、一瞬のすきをついて発生し得るという点について、社会全体が理解を深める事が求められる。