【日本の入札を検証する】55億円と8年の月日がパー(東芝による特許庁システム開発プロジェクト狂想曲)①

花園 祐2023年12月18日(月曜日)

2012年、特許庁は2006年より開発を開始した業務基幹システムの開発を中止することを発表しました。同開発は東芝ソリューション(現東芝デジタルソリューションズ株式会社)が請け負っていたほか、発注元と請負元をつなぐ仲介としてコンサル大手のアクセンチュアも入るという、大掛かりなプロジェクトでしたが、公的資金を注入し散々揉めた挙句、最後にはあっけなく中止とされてしまいます。

この中止発表当時に私は通信社に勤務していましたが、それまでの経緯をあまり追ってはいなかったものの、世間の反応の大きさから興味を持ち、周りのIT関連の知り合いに開発のあらましなどについて尋ね回りました。やはり業界の中でも大きな事件だったらしく、どの知り合いも事件内容について把握していただけでなく、「悔やんでも悔やみきれない案件」だとして、請負側の東芝ソリューションへの批判を口にする者が多くいました。

下馬評を覆しての受注選定

同プロジェクトは2004年に、グローバル競争の中で複雑化する特許管理業務を効率化し、これまで約2年かかっていた特許審査を1年に短縮するという目標の下で立ち上げられたプロジェクトでした。特許関連審査の長さには辟易するものも多かっただけに、審査スピードを高めるという同プロジェクトのへの期待は、各企業の間でも非常に高かったといわれています。

プロジェクトの骨格をまとめるためアクセンチュアがコンサルティング会社として入り、大まかな要件が固められた2006年、特許庁は開発請負業者を選定する入札を行います。この入札に応じたのは計3社で、かねてから特許庁の業務システムに携わってきたNTTデータのほか、日立、東芝ソリューションが入札に参加し、前述の通り東芝ソリューションが選定される結果となりました。

当時、この選定結果は業界の間で大きな驚きとともに受け止められたといわれています。というのも、従来から業務を受注していたNTTデータが最有力とみられていたことは当然ですが、それ以上に「東芝ソリューションにはこの業務を完遂する能力がない」という風にも見られていたそうです。大規模システムの開発実績に乏しい同社が、いきなり老舗ですら躊躇するようなビッグプロジェクトを本当にこなせるのか、かなり疑問視されていました。
実際、同入札において東芝ソリューションに対する技術評価点は三社の中で最低でした。にもかかわらず何故受注できたのかというと、単純に入札金額が異常に低かったためです。その金額というのも入札予定額の約6割というバーゲンプライスで、状況から察するに、実績作りのために東芝ソリューションも赤字覚悟で応札したのではないかとみられています。

未完成のままプロジェクトは中止に

以上のような経緯から周囲から不安視されながらスタートを切った同プロジェクトですが、案の定というか、のっけから工数が当初見積もりを上回ることがわかり、投入人員数の大幅な拡大からスタートします。しかしいくら人員規模を拡大しても進捗ははかどらず、プロジェクトは円滑には進みませんでした。

テックブログのPublickeyの記事によると、プロジェクト開始の翌年にあたる2007年には早くも、当時内閣官房GPMO(ガバメントプログラムマネジメントオフィス)補佐官だった萩本順三氏が、プロジェクトの中止を訴えるほどだったそうです。しかし萩本氏の声は届かず、その後もプロジェクトは継続させられますが、当初の完成予定日であった2010年を過ぎても一向に完成の目途は立ちませんでした。
やむなくプロジェクト期間は延期されたものの、さらに2年を経た2012年、冒頭に述べた通りシステムの完成は不可能という結論が出されます。企画から8年を経て、同プロジェクトは何の成果も得られないまま中止と相成ったわけです。

<参照サイト>
特許庁の基幹システムはなぜ失敗したのか。元内閣官房GPMO補佐官、萩本順三氏の述懐(Publickey)

花園 祐

記者:花園 祐


花園裕(はなぞの・ゆう)中国・上海在住のブロガー。得意分野は国際関係、政治経済、テクノロジー、社会現象、サブカルチャーなど。かつては通信社の記者。好きな食べ物はせんべい、カレー、サンドイッチ。