【失敗のからくり③】ユニクロもNTTドコモも失敗、有機野菜事業の魔性じみた魅力と困難

花園 祐2024年3月25日(月曜日)

このコラムの前々回前回記事ではそれぞれ、ユニクロ、NTTドコモ社が過去に手を出してともに失敗した、有機野菜事業の顛末について紹介しました。

本業からかけ離れた「畑違い」な事業に手を出しての失敗ゆえに、その経営判断に関しては一見して疑問符が付きますが、実はこの有機野菜事業で失敗したのは彼らだけではありません。広く農業事業全般で見た場合、これまでにオムロン社、吉野家社、東芝社、ニチレイ社など、名だたる大手日系企業が参入し、大きな代償を払って撤退に追いやられています。

改めて見てみると、まだ吉野家社やニチレイ社など食品関連事業を営む企業が手を出すのはわかりものの、アパレルや通信といった全く無関係の業種から農業事業に参加する大企業がなぜこれほど多いのか、非常に奇異に見えてきます。でもって、参入した企業が悉く返り討ちに遭っており、成功した企業が少ないという共通点も見ていて気になります。

そこで今回は、なぜ多くの異業種大企業が有機野菜事業に手を出しては失敗していくのか。この点について有機野菜事業に関して全くの部外者である筆者が、あくまで外野の意見としてその見解をまとめていきます。

農業事業に惹かれる三つのメリット

まず有機野菜事業に参入する動機、言い換えると大企業が魅力的だと捉える参入メリットは、大きく分けて三つあると考えられます。第一のメリットとして、企業ブランドイメージへのプラス効果が真っ先に挙がってきます。

有機野菜の定義を大まかに述べると、農薬などの化学品の使用を極力減らし、土壌などの環境への負荷を低くすることに努めた農法を指します。こうした農法は環境にやさしいとされ、また食料というまさに天然自然の恵みを供給するという行為から、環境に対して配慮しているエコなイメージにつながります。そんな有機野菜事業を企業が率先して行うことは環境アピールにもつながり、企業ブランドイメージにも寄与することは確実です。
次に第二のメリットとして、有機野菜事業に対する助成金の存在が挙げられます。
現在、国や地方自治体などは有機野菜事業の拡大を支援するため、有機JASマークの認証を取ることなどを条件に、事業者へ助成金を支給しています。金額的には大小あって必ずしも事業全体に大きく寄与するわけではありませんが、事業開始に当たって初期投資を抑える効果が期待され、事業参入に対する抵抗感を薄めているとみられます。
そして三つ目のメリットというか参入誘発要因として、日本における有機野菜市場の現況、将来の市場拡大に対する期待もあるようにみられます。ただこの三つ目のメリットは同時に、事業を失敗へと導く大きな課題要因にもなっているように私には見えます。

規模の小さな市場はチャンスか制限か

現在、日本における有機野菜の生産量、販売市場は欧米に比べ非常に小さく、1人当たり消費額では10倍超の開きもあります。欧米では有機野菜が多くの市場で流通しており、一般野菜に比べ割高であっても、環境への意識から有機野菜を日常的に選択する消費者も少なくありません。そうした欧米の市場状況を比較した場合、日本の有機野菜市場は未成熟だと捉えられます。
この未成熟であるという市場については、二つの見方があります。一つはチャンスとして捉える見方で、まだ市場の認知、開発が進んでないだけで、今後欧米並みに10倍くらい拡大する可能性があるという見方です。
その一方でこのデータからは、日本は欧米とは違って消費者の意識が有機野菜にあまり向かない、向きづらい市場という風にも読み取ることができます。環境にはいいかもしれないが割高な価格であれば通常の野菜をより選ぼうとする消費者が多い、有機野菜にメリットを感じない意識が根強いのが日本市場、という風にも捉えられます。
以上のように分析の仕方によって評価は真逆となりますが、結果論で言えば、やはり後者の市場分析の方が日本の現状により近いように私は思います。市場参入を決めた企業によっては、前者の前向きな未来に可能性を感じて参入を決断した企業もいたかもしれません。しかし市場認知やマーケティングの不足が原因であるかもしれませんが、日本は過去から現在に至るまでずっと、欧米ほどには有機野菜への関心が広がっていないのが現状です。
従って欧米と比べ規模の小さい日本の有機野菜市場は、市場拡大余地があるというより、市場が広がりにくい、小さいままという制限があると捉える方がより適切だと思われます。この点の市場分析ミスにより、事業失敗に至った企業もあるのではないかと推測しています。

大企業ブランドのおごり

もっとも中には、市場規模が小さいという制限要因を認識しながら、これを克服できると思って市場参入を決めた企業もあったかもしれません。というよりユニクロもNTTドコモ社も、この課題を克服できるだろうと過信していた節が見られます。
あくまで私の印象に過ぎませんが、有機野菜市場参入時の担当者インタビュー記事を見る限り、両者ともに全く未経験の事業に手を出すにもかかわらず、非常に自信満々な態度をしていることが目につきました。はっきり言えば、自社の圧倒的ブランド力と豊富な資金力、そして本業での市場を制した経営力を以ってさえすれば、有機野菜事業なぞ簡単に攻略できるとでもいうような言い方であるように見えました。
自分自身でも若干偏見が入った見方であるという自覚はあります。また食品事業においてブランド力は最も重要といっても過言ではないし、資金力の大きさも有利な要素に間違いありません。しかし異業種の経営経験が果たして有機野菜事業に応用できるかと言ったらはなはだ疑問であり、この点に関するアピールはやはり大企業ゆえのおごりであったように私には思えます。
その上で、有機野菜事業がほかの工業事業などと比べ最も異なる点について、思いのほか誰も言及していないという点が気になりました。勿体ぶらずに述べると、それは事業拡大における難しさです。

事業拡大が非常に困難?

有機野菜とは前述の通り、農薬などの化学品の使用を極力抑えた栽培法によって生産される農作物を指します。その栽培法から通常の農薬を使用する野菜に比べ、有機野菜の生産工数は多くなり、おいしい野菜となるものの最終的な市場価格も割高になります。
では作付面積や人手を増やして大規模化すれば、有機野菜の生産工数や原価は縮小していくのか。確かにいくらかは縮小するでしょうが、期待するほどに縮小することはまずないでしょう。
有機野菜はその特殊な栽培法方から農業機械化手段もやや制限され、また雑草抜きといった作物管理作業も頻繁に行わなければなりません。通常、大規模化することによってどの事業も効率化が進み、単位当たり工数や原価は縮小していきますが、有機野菜事業の場合はその労働作業の特殊性から、大規模化による効率向上幅がほかの事業、ひいては一般農業と比べても小さい傾向がみられます。
ただでさえ農業は、天候不良や病虫害といった想定外リスクが発生しやすく、不確実性の高い事業です。そうした点も踏まえると、むしろ大規模化によって作業や作物管理が行き届かなくなり、生産効率が逆に落ちるような事態すら有機野菜事業においてはあり得ると思います。

多くの農家が事業拡大を望んでいない

実際に一部の有機野菜農家の声を見ると、野菜の生産管理における手間の多さから、一般の農家よりも小さい作付面積で経営せざるを得ない上、これ以上の拡大は不可能という声がよく見られます。また農林水産省の既存有機野菜農家に対する調査データにおいても、有機野菜事業を「拡大したい」という農家は約1割程度しかなく、約7割が「現状維持」を希望しているという結果となっています。
大規模化に成功している有機野菜農家もいるにはいますが、その道程は決して平坦ではなく、相当な経験やノウハウ、何より熟練した生産者が求められるように見えます。少なくとも大企業が大規模場資本投下を行ったところで、一気に生産量が拡大し、簡単に単価を引き下げられるような事業ではないと断言できます。

地道な拡大戦略こそが必要だったのでは

この「有機野菜事業は大規模資本投入による短期での事業拡大が非常に困難」という分析は、ユニクロにおける失敗に当てはまります。
ユニクロの有機野菜事業は開始当初こそ大きな注目と多くの会員数を集めて好スタートを切りましたが、サービス範囲を拡大したところ商品供給が追い付かなくなり、欠品が出始めて顧客離れを引き起こしています。当初の事業計画では2~3年の黒字化を目論んでおり、相応の資本も投入されていましたが、計画していた事業拡大ペースに仕入供給、販路開拓が追い付かずに破綻へと至っています。
NTTドコモ社のケースに関してもより詳細な検討や分析が必要ですが、短期に大きな赤字を出したという点を見るに、資本投下しても効果が現れなかったのではないかとみられます。
これらケーススタディから考えるに、有機野菜事業は投下した資本に比例して事業規模が拡大したり、効率が向上したりする効果が起こりにくい業界であるように見られます。この特徴的な難点を認識していなかった、見落としていたが故に、数多くの大企業が挑んでは敗退していくこととなったと私は分析しています。そういう意味では、ほかのビジネスと比べると有機野菜事業の経営における困難さは非常に高いのではないかと思われます。
ではどうすればよかったのか。拙速に黒字化や収益の急拡大を狙わず、地道に小規模から事業を展開し、しっかりとノウハウを積み上げて地道に拡大する戦略こそ、有機野菜事業には必要だったのではないかと私には思えます。もちろん今後、革命的な経営手法で短期間での大規模化に成功する有機野菜事業者が現れるかもしれませんが、過去の失敗事例から見るに、安易に手を出すと痛い目を見るというのが、私の有機野菜事業に対する評価です。

<参照サイト>
既にある市場に新規参入する難しさ。事例:ユニクロ野菜生産・販売新規事業の場合(MASAHIRO SHIMIZU氏のnote記事)