【失敗の本質】前評判では絶賛の嵐、でも市場で売れなかったトヨタ・iQ(前編)

花園 祐2024年2月26日(月曜日)

最近はこう呼ばれること自体が少なくなったものの、かつて自動車大手のトヨタは「販売のトヨタ」などと呼ぶ声がありました。これは他社と比べトヨタの営業力は高く、日産やホンダなどと比べ技術力で劣っていても、「トヨタはなんでも売ってしまう」という揶揄としても使われました。

もちろん現代においてはハイブリッドカーの「プリウス」をはじめ、トヨタの技術力は他の自動車メーカーと比べ大きく劣ることはなく、むしろ大きくリードする水準にあります。一方、営業力に関しては従来通り、その圧倒的な販売ネットワークとともに強い優位を維持し続けています。

ただそんな「販売のトヨタ」ですら、市場で全く販売が伸びず、人知れず消え去っていった車種が過去にはありました。その中には技術面で評論家などから高い前評判を受け、2008-2009日本カー・オブ・ザ・イヤーも受賞した、「iQ(アイキュー)」も含まれています。

トヨタの10年に1度の野心作?

一見して堅実そうな社風を見せるトヨタですが、ミッドシップレイアウトのスポーツカー「MR-2」、ガラストップにガルウィングドアをつけた「セラ」をはじめ、大体10年に1回くらいのペースで市場にあまり類のない、とてつもない車種を投入してきていいます。今回紹介する「iQ」もまさにそうした10年に1度のトヨタの野心作と呼んでいい車種で、その正式発売の発表時は文字通り、業界を賑わせました。

異次元のカテゴリー

「iQ」が大きな話題となった背景としては、その車種としての異質さにありました。その全長はわずか2985~3000㎜と非常に小さく、これは軽自動車規格であるホンダの現行「N-BOX」(全長3395 mm)すらも下回る数値です。しかもこれだけの小ささでありながら2ドア4人シーターで、且つエンジンパ排気量はコンパクトカークラスの1リッター(後に1.3リッター版が追加)という、超小型のマイクロカーでありながら軽自動車ではないという、それまでの日本車市場にはない異次元のカテゴリーともいえる車でした。

当時の市場において比較的近い形態の車種としては、2人シーターで軽自動車のスズキ「ツイン」(同2735 mm)、同じく2シーターのダイムラー「スマート・フォーツー」(同2500 mm)が挙げられます。しかしどちらもマイクロ2ドア車であったものの2シーターであり、その狭い全長で4シーターの「iQ」の異質さは当時においても際立っていました。

無論、このような小さな形状で4シーターとしたため、「iQ」は荷室のスペースが大きく犠牲となっております。こうした「iQ」の仕様についてトヨタは、街中では車に荷物を一切載せず、移動の足と割り切り使用するユーザーが多いとした上で、都市部での移動に特化した「シティコミューター」というコンセプトで開発したことを説明していました。

前評判は好調ながら販売は苦戦

以上のような仕様で発売前の試乗が開始されると、評論家からは「iQ」に対する絶賛の声が相次ぎました。特に技術面に対する評価は高く、この小ささで2ドアという形状ながら、側面衝突基準をクリアした点などが特に大きく評価されていました。そうした絶賛の声を背景に、発売後まもなく2008-2009日本カー・オブ・ザ・イヤーも受賞しており、船出自体は好調な有様でした。

しかし実際に発売されると好調だった前評判とは裏腹に、その販売台数は伸び悩みます。
当初の月間販売台数目標は2500台だったものの、この目標台数を超える月はあまり出ず、発売からわずか約1年後には1000台も下回るようになります。2016年の販売終了までの足かけ8年間の総販売台数は約3万台にとどまり、販売終了後にトヨタは後継車種も発売せず、日本における4シーターマイクロカーという異次元のカテゴリーは「iQ」1代で歴史を終えることとなりました。

(後編へ続く)

花園 祐

記者:花園 祐


花園裕(はなぞの・ゆう)中国・上海在住のブロガー。得意分野は国際関係、政治経済、テクノロジー、社会現象、サブカルチャーなど。かつては通信社の記者。好きな食べ物はせんべい、カレー、サンドイッチ。