災害用ロボット世界一「KAIST」の研究者に聞くロボット産業の未来

photo by Jonggi Ha

 韓国初のヒューマノイドロボット研究グループの一人が、日本のアシモに影響を受けたというエピソードは非常に興味深い。その韓国産第一号ともいえるヒューマノイドロボットが、一般に公開されたのは04年12月。そのとき、はじめてヒューボという名前がつけられた。ヒューボは一般公開にさきがけて、英国で開催された韓英技術フォーラムにも招待されている。同フォーラムには盧武鉉・韓国大統領(当時)が招かれ、ヒューボは韓国の技術力を見せるため帯同したのだという。

「00年に政府にヒューマノイドをやりたいと研究費の支援申請を出しましたが、最初は相手にされず、ファンドもなかったので、大学の研究費で研究がスタートしました。実は僕たちは研究スタッフも多くありません。00年当時は4人程度、現在でも10人未満です」

 ヒューボには、02年から韓国政府の支援が入ることになった。またDRCの準備だけで、15億ウォン(約1億5000万円)の支援を受けている。とはいえ「開発の初期からこれまでも、他国に比べて充分な支援を受けたとはあまり思っていない」と、イ氏は率直な感想を話す。金銭的にも、研究人員的にも充分ではない環境のなかで、チームKAISTがDRCに優勝できた理由は何か。イ氏は当時を振り返りながら、自己分析する。

「僕たちは自分たちがつくったヒューマノイドロボットが世界最高だ、もしくは優れた技術を持っているとは決して思っていません。ただ、大会で出された課題を定義して解決した。つまり、問題をうまく解いただけなんです。こうも言えるかもしれません。ほかのチームは、問題を“拡大”して、複雑に解こうとした。一方、わたしたちは与えられた問題を解こうとした、と」

 イ氏は、現在でも、ホンダ・アシモや、産業技術総合研究所が開発した「HRP」、そしてグーグルに買収された過去を持つ米ロボット企業・ボストンダイナミクス社などの技術をリスペクトしている。そして、次のように話を続けた

河鐘基

記者:河鐘基


1983年、北海道生まれ。株式会社ロボティア代表。テクノロジーメディア「ロボティア」編集長・運営責任者。著書に『ドローンの衝撃』『AI・ロボット開発、これが日本の勝利の法則』(扶桑社)など。自社でアジア地域を中心とした海外テック動向の調査やメディア運営、コンテンツ制作全般を請け負うかたわら、『Forbes JAPAN』 『週刊SPA!』など各種メディアにテクノロジーから社会・政治問題まで幅広く寄稿している。