AI・ロボット活用し先端医療機器大国となりつつあるイスラエル

ロボティア編集部2017年6月30日(金曜日)

 日本から遠く離れたイスラエルは、人口860万人、国土は日本の四国ほどしかない小さな国だが、近年、医療分野での発展が目覚ましい。最先端の医療機器開発では世界トップクラスの水準を誇り、いまや「中東のシリコンバレー」とまで呼ばれている。

 例えば、2014年に韓国で初めて成功した医療ロボットによる脊髄手術も、イスラエルのスタートアップが開発したロボットによるものであったし、すでに世界中で実用化されているカプセル型の内視鏡検査技術も、イスラエル発信のものだ。また、グーグルやIBM、アップル、サムスンなど270あまりのグローバル企業がイスラエルの優秀な人材活用のためにR&Dセンターを設立しており、イスラエルスタートアップへの投資を推進中だ。世界中のグローバル企業がこぞってイスラエル企業に出資し、M&Aも積極的に進めている。

 いまや、イスラエルは「医療機器大国」として世界を席巻しつつある。今年3月、イスラエルの人口第2位の都市・テルアビブで大規模な医療機器の展示会「メッド・イン・イスラエル(MED in ISRAEL) 」が開催された。2年に1度開かれる同展示会には、ベンチャー企業を中心に100を超える企業が出展され、最先端技術を生かしたユニークな製品が世界的に注目を集めた。

 例えば、EyeControl社が展示した製品「アイコントロール(eyecontrol)」は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者のコミュニケーションをサポートする製品だ。筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは、脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動神経細胞が破壊されて、次第に全身が麻痺していく難病。ALSといえば、2014年にインターネットで広がった「アイス・バケツ・チャレンジ(IceBucketChallenge)」が記憶に新しい。ALS治療研究に100ドルを寄付するか、氷水の入ったバケツを浴びるかを決め、そのようすを動画に撮影するというもの。

 当時、日本でも多くの芸能人が参加したことでこの病気を知ったという方も多いのではないだろうか。今回開発された製品はメガネの形の装着型。ALS患者がその製品をかけると、家族や医療従事者にメッセージを発信するための様々な「オプション」がメガネの操作パネルに表示される。「室内は暑いか?寒いか」「いま何か助けてほしいことがある」など。ALS患者は表示されたオプションを見ながら「目」を動かすことで、発信したいメッセージを選択し、外部とコミュニケーションを取ることが出来る。

 実は目を動かしてコミュニケーションを図る技術は、以前から存在していた。しかし従来の機器はコストが高く、100万円以上するものもある。そのうえ習得するのに数年間の訓練が必要だったため、ALS患者をもつ家族に浸透するには至らなかった。一方で今回開発された「アイコントロール」は従来機器に比べると低コストで、習得するのに一時間もかからない。EyeControl社は米国食品医薬局(FDA)や欧州の工業規格である「CEマーク」の認証を受けた後、年内の商用化を目指している。

 また、テルアビブ・ソラスキーメディカルセンター(Tel-Aviv Sourasky Medical Center)が開発した「バイブレントピル(Vibrant Pill)」もユニークな発想と革新的技術で注目を集めている。これは、小型のモーターが内蔵されている「振動カプセル」で、慢性的な便秘に悩む人々のために開発された。現在日本では、国民の約 3 割が便秘に悩まされていると言われている。便秘に対しての治療薬は数多くあるものの、強い副作用や長期使用によるストレスなどによって、患者満足度が低いという指摘も存在する。

「Vibrant Pill」は、飲み込んで下部消化管に到達してから振動するようにプログラミングされている。3分おきに振動しながら人間の消化管など臓器の収縮運動に似せた動き方をすることで腸内を刺激し、排便を促す仕組みとなっている。薬効が無いため、当然ながら副作用は起きない。

 ソラスキーメディカルセンター側は、便秘に悩む患者26人を対象に1週間に2回この振動カプセルを飲ませた結果、平均週2回だった便通の回数が、2倍の4回にも増えたと発表している。薬の副作用や長期服用に悩む患者に提案する新たな治療法として、世界的に注目されたのは言うまでもない。

 ここまで医療産業が拡大されたことには、イスラエル政府が行ってきた全面的なバックアップが功を成したとみられる。イスラエル輸出国際協力機構(IEICI)によると、イスラエルの医療産業企業は2000年にはわずか200社あまりだったものの現在は1251社に急増し、そのうちの500社が80億ドル(約8988億円)規模の製品・サービスを輸出(2015年基準)しているという。 内訳としては、医療機器が約70%を占めており、次いでバイオテクノロジー関連(10%)、製薬(10%)などが続いている。

 こうした医療産業の発展の原動力は、たえず創出されるスタートアップたちだ。 イスラエル全体の医療産業メーカーのうち、98.5%が中小企業であり、近年では1年に80社もの新たな企業が設立されている。

 イスラエル政府は病院・大学ごとに技術移転オフィス(Technology License Office: TLOあるいは Technology Transfer Office: TTO)を設置し、スタートアップが常時成長できる環境を創り上げた。このTTOの評価すべきところは、第一線で活動する医師や関連分野の教授と直接やりとりのできる窓口の役割を果たしている点だ。 これを通じてスタートアップ企業は、現場で要求されるニーズを直接聞く機会を持つことができ、開発技術をすぐに提供することができる。一方で現場の担当者たちは、開発された先端技術にいち早く接することができ、十分な検証やテストも可能。イスラエルでは、この流れがすでに一種の医療の生態系として構築されている。

 しかしながら、イスラエルの医療産業にも悩みはある。イスラエル初のスタートアップ企業は経営・マーケティングに対する知識不足によって大手企業へと成長できず、海外のグローバル企業に買収されるケースが多い。せっかくイスラエル発の新技術を開発しても、海外メーカーの名前で世界に発信されてしまうこともある。国を挙げて産業の拡大を図るイスラエルだが、その革新的技術とユニークな発想の動向に注目していきたい。

■関連記事
-射程は1Km!?イスラエル・ドローン企業のセンサー技術がすごい
-イスラエルと韓国が産業用・水陸両用ドローンを共同開発
-“皮肉”を見破る機械翻訳システム登場…自閉症患者などの会話理解を促す
-ドローンの完全自律タスクを支援する格納庫「ロボットボックス」登場

photo by Pixabay