米国で、法案が議会を通過するか否かを予測するAIが誕生しようとしている。開発を進めているのは、テネシー州ナッシュビルに拠点を構えるベンチャー企業スコポス・ラボ(Skopos Labs)だ。同企業の共同創設者であり、コンピュータ科学者であるジョン・ネイ(John Nay)氏らは、米上院で法案が通過する過程を注視。独自のアルゴリズムを編み上げてきた。
米国で法案が上院を通過するために最も必要なもの。それは「議員たちの関心」だと言われている。ただ常に数千件の法案が審議される必要があり、審議委員会において、特定の法案だけが議員たちの関心を集めるのは非常に難しいこととされてきた。また仮に審議が行われたとしても、法案が成立するためには議員全員が参加する投票で3分2以上の票を得る必要がある。また審議過程には法案の内容に応じた利害関係者の力学関係、政府の立場、政党による政策など、さまざまな変数が付き物。そうした政治の現場を観察したネイ博士は、法案審議の過程よりも前もって結果を予測できるアルゴリズムを求めるようになった。
「研究を始める際、法案通過の過程が非常に不公平であり、(議員たちの)隠された意図により複雑化していると考えていた」(ネイ博士)
研究チームを結成したネイ博士は、1993年以降、公共情報共有サイト「GovTrack」から法案審議の過程をダウンロードし、関連データの収集に勤しむ。次いで、集めた情報をマシンラーニングプログラムに入力。審議過程や、法案そのものに含まれる単語や文章のつながりなどを機械に学習させてきた。
ネイ博士はそれらデータと法案通過の結果を比較し続け、やがて両者の間に密接な関係があることを発見した。例えば、法案には緊急を要するものとそうではないものがあるが、上院では、急がなければなら法案からまず先に処理されていた。また予算規模も法案通過に影響を及ぼしていることが分かった。同じ事案であれば、巨額の予算がかかる政策よりも、少ない予算で政策を進める法案が有利だ。さらに研究チームは、法案支持者のパワー、与野党間の利害関係などさまざまな要素をパターン化。分析を続けてきたという。
研究チームが最終的に目標としたのは、AIが持つ迅速かつ正確な分析能力を通じて、結審前に法案が通過するか否かを見極めることだった。そのため、上記のようにパターンを解析することにとどまらず、法案ごとにスコアをつけ、実際に法案が通過するかどうか比較を行った。結果、法案が通過するか否か、ある程度正確に予測することができるようになったという。
研究チームは、人々が「通過しない」と考えていた法案のうち65%に対して、人工知能が「通過する可能性を予測した」という研究結果を発表している。この研究論文は、米学術誌「プロスワン(PLOS ONE)」の6月号に掲載された。
なお今回の研究が注目を集める理由のひとつに、新しい言語分析方式を使用しているという点がある。「GovTrack」のソフトウェア開発者であるジョシュア・タウバー(Josua Tauberer)氏は、「ネイ博士チームの予測システムは、非常に革新的に発展する可能性が高い」としている。
「研究を通じて、法案を(言語的に)分析した資料だけで法案通過の可否を予測できるということに驚いている」(ネイ博士)
一方、言語分析だけでは、法案通過を正確に予測することは不可能だという主張もある。ワシントン大学の政治学者ジョン・ウィルカーソン(John Wilkerson)教授は、「より正確な予測のためには、議員たちの心を分析する必要がある」としている。というのも、政策や法案が決まる過程は、人々が考えているように単純ではない。議員の心理に応じて、審議の状況が急変することもある。そのため正確な予測を行うためには、議員たちの内面や心理を予測するする必要があるというのが、ウィルカーソン氏の考えだ。
今後、ネイ博士チームの研究が進み、実用化にいたるか否かは未知数だ。それでも、政治家の「隠された意図」を暴き、審議通過に足る法案を公正に判断できるAIの登場には、関心と期待を寄せざるをえない。
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